不安に駆られ白花は荒日佐彦にすがりつく。すっかり黒い針を落とし、いつもの凛々しい青年の姿に戻った彼は白い歯を見せて軽やかに笑う。
「そのために俺と白花がいるのではないか。今回で『契約は切れた』が花嫁となったお前と、お前に惚れた私がこの村含む一帯を守る。これは白花が花嫁となったお陰で契約が持続したのだ。もう百年は大丈夫だろう」
「……では、百年後は……?」
百年――それは荒日佐彦が荒神から昇格し、他の神の名を名乗るときだ。
その際、今回のように神宮は建て替えられ新しい荒神とその花嫁が入る。
その時にはもう槙山家はない、ということなのか?
それとも、他の家が跡を継いでいるのか?
白花の戸惑いを察したのか荒日佐彦は、微笑みながら白花の額に唇を落とした。
「白花、ねじ曲がってしまったものを元の状態に戻すには大きな力が必要になる。しかしそれは一度に事を済ませようとしたときだ。少しずつ、目に見えない変化を加えながら、正しい状態に戻すのが常。我々はその変化を受け入れねばならぬし、それは自然の『理』なのだがそれは人だとて同じこと。」
「では、いずれ槙山家なくなるのは自然の流れだと?」
「意図して我欲のために変えたものには、『理』がない。それを行った場合は、近くか遠くかの先の未来に歪みが現れてそれが『厄災』となる。御共家はまだそこまでではないが……今の当主か次の当主の行動次第であろうな」
「……荒日佐彦様がご忠告する形で諫めることはできませんか?」
白花は思い切って懇願する。
そうは言ったが、無理な願いだろうということもわかっていた。
彼は自分にこうして優しいし、怒りの言動は初日以外見たことがない。
しかし、荒日佐彦は自分を蔑ろにしてきたこと、おざなりな花嫁行列に腹を据えかねているとアカリから聞いたことがある。
「白花、これは既に自然の流れになっている。そして彼らは、我らの言葉を聞く力は既にない。力を失った者に何を訴えても耳に届かない」
断言してきた荒日佐彦の言葉には力があった。
――槙山家を見放したのだ。
これからは元々ある家運に任せるしかないというのだろう。
「お前はまだ人だから、納得いかないだろう。それにお前は優しすぎる。今まで虐げられてきた者たちを見捨てることもできないのだろう」
「……申し訳ございません」
散々白花を蔑ろにしてきた家族だが、それでも放っておけないなんてと自分自身に呆れてしまう。
「それでも私は……あの人たちの不幸を望んでるわけではないんです」
白花の耳に荒日佐彦の長い吐息が聞こえた。
きっと呆れている。なんてお人好しなのかと。
それでも、父が、義母が、兄が、美月が苦しむ顔を見たくない。
自分と同じように苦しむ姿を見たくない。
それがたとえ自分に苦しみを与えた家族だとしても。
「――わかった。なんとかしよう」
「荒日佐彦……!」
意外な言葉に白花は飛び込むように荒日佐彦に抱きつき、喜びを露わにする。
「愛しい妻に懇願されては断れぬ」
「ごめんなさい……! ありがとうございます!」
「ただし、もう私の声は聞こえないだろうから、代理に神言を伝えてもらうことになるが……それでよいな?」
「はい……! 構いません!」
泣きながら満面の笑みを浮かべる白花を、荒日佐彦は引き寄せる。
「さあ、浄化も終わった。力を使ったのだからたくさん飯を食わねば」
「はい、アカリも今頃困っておいででしょう。『せっかくのご飯が冷めてしまった』と」
「そうしてどうしてか、俺ばかりに怒るんだ。アカリは」
「今日は私も一緒に怒られて差し上げます」
茶目っ気に答えた白花に荒日佐彦は愉快そうに笑いながら、愛しい妻を抱き上げた。
「そのために俺と白花がいるのではないか。今回で『契約は切れた』が花嫁となったお前と、お前に惚れた私がこの村含む一帯を守る。これは白花が花嫁となったお陰で契約が持続したのだ。もう百年は大丈夫だろう」
「……では、百年後は……?」
百年――それは荒日佐彦が荒神から昇格し、他の神の名を名乗るときだ。
その際、今回のように神宮は建て替えられ新しい荒神とその花嫁が入る。
その時にはもう槙山家はない、ということなのか?
それとも、他の家が跡を継いでいるのか?
白花の戸惑いを察したのか荒日佐彦は、微笑みながら白花の額に唇を落とした。
「白花、ねじ曲がってしまったものを元の状態に戻すには大きな力が必要になる。しかしそれは一度に事を済ませようとしたときだ。少しずつ、目に見えない変化を加えながら、正しい状態に戻すのが常。我々はその変化を受け入れねばならぬし、それは自然の『理』なのだがそれは人だとて同じこと。」
「では、いずれ槙山家なくなるのは自然の流れだと?」
「意図して我欲のために変えたものには、『理』がない。それを行った場合は、近くか遠くかの先の未来に歪みが現れてそれが『厄災』となる。御共家はまだそこまでではないが……今の当主か次の当主の行動次第であろうな」
「……荒日佐彦様がご忠告する形で諫めることはできませんか?」
白花は思い切って懇願する。
そうは言ったが、無理な願いだろうということもわかっていた。
彼は自分にこうして優しいし、怒りの言動は初日以外見たことがない。
しかし、荒日佐彦は自分を蔑ろにしてきたこと、おざなりな花嫁行列に腹を据えかねているとアカリから聞いたことがある。
「白花、これは既に自然の流れになっている。そして彼らは、我らの言葉を聞く力は既にない。力を失った者に何を訴えても耳に届かない」
断言してきた荒日佐彦の言葉には力があった。
――槙山家を見放したのだ。
これからは元々ある家運に任せるしかないというのだろう。
「お前はまだ人だから、納得いかないだろう。それにお前は優しすぎる。今まで虐げられてきた者たちを見捨てることもできないのだろう」
「……申し訳ございません」
散々白花を蔑ろにしてきた家族だが、それでも放っておけないなんてと自分自身に呆れてしまう。
「それでも私は……あの人たちの不幸を望んでるわけではないんです」
白花の耳に荒日佐彦の長い吐息が聞こえた。
きっと呆れている。なんてお人好しなのかと。
それでも、父が、義母が、兄が、美月が苦しむ顔を見たくない。
自分と同じように苦しむ姿を見たくない。
それがたとえ自分に苦しみを与えた家族だとしても。
「――わかった。なんとかしよう」
「荒日佐彦……!」
意外な言葉に白花は飛び込むように荒日佐彦に抱きつき、喜びを露わにする。
「愛しい妻に懇願されては断れぬ」
「ごめんなさい……! ありがとうございます!」
「ただし、もう私の声は聞こえないだろうから、代理に神言を伝えてもらうことになるが……それでよいな?」
「はい……! 構いません!」
泣きながら満面の笑みを浮かべる白花を、荒日佐彦は引き寄せる。
「さあ、浄化も終わった。力を使ったのだからたくさん飯を食わねば」
「はい、アカリも今頃困っておいででしょう。『せっかくのご飯が冷めてしまった』と」
「そうしてどうしてか、俺ばかりに怒るんだ。アカリは」
「今日は私も一緒に怒られて差し上げます」
茶目っ気に答えた白花に荒日佐彦は愉快そうに笑いながら、愛しい妻を抱き上げた。