黒い針は白花の体にも容赦なく、鋭い切っ先が彼女の白い肌に刺さる。
 一筋、二筋と赤い滴が浮かび、細い線となって流れていく。

「――っ、ぅう……」
「白花! 離れろ!いけない、お前のほうが痛みに耐えられん! 俺はまだ神として生まれた。傷の治りだって早い。だがお前はまだ人と神の境にいる者だ! 治癒の力は未熟だぞ!」

「いやです。私は自分の痛みより……荒日佐彦様の痛みを思う方がずっと、ずっと痛い……から……」
 
 白花は顔を上げて、荒日佐彦の顔を撫でた。
「これで体が傷だらけになったとしても、わたしは後悔しません……。だって貴方は愛を教えてくれた。花嫁に、妻に迎えてくれたあなたのこの身の穢れを祓うことができるのは私だけ……でしょう?」

「白……花」
 荒日佐彦も、白花の手を握りその手に愛しげに口づけをする。

「俺の、唯一花嫁よ。俺の、無二の妻よ」
「荒日佐彦様……」

 腹や胸など、いたる肌を突き刺し、流れる血を黒い棘は吸い取っていくように感じてきた――その時だった。

 自分と荒日佐彦を隔てるその黒い棘がポロリと畳の上に落ちた。

 一本落ちたのをはじめに、次々と落ちていき、形が崩れ黒い霧となって散り消えていく。
「……白花、前のように手でこの棘を擦ってみてくれまいか?」
「は、はい」

 言われ白花は、以前の茶色い棘のときと同じように、擦ってみる。
 数回撫でた場所の棘がつららのように折れ、畳の上に落ちていく。

「驚いた……白花。お前の神格が上がったようだ」
「えっ? どういうことなのですか?」
「この『厄』をこのように浄化するには、まだ長い時間が必要かと思っていたのだ。しかし、もうここまで浄化の力が上がるとは……俺も驚いた」

「今まで私の力では『厄』の浄化ができなかったのに、急にできるようになるものなのですか?」
「……もしかしたらお前の、俺を想う気持ちが神格をあげたのかもしれん」
「荒日佐彦様を想う気持ち……」

 白花は自分の手のひらや体を見つめる。
 柔肌に刺さり痛みと共に流れたはずの血は服に染みている。なのに傷はどこにもなく、塞がっている。

 白花は自分の体を確認すると、荒日佐彦の黒い棘を撫でては落としていく。
 それを見ているうちに白花の瞳からは涙が零れだしていた。