「ほう、これは華やかだ。まるで花の園にいるようだな」

 反物が足の踏み場がないくらいに、部屋いっぱいに広げられている。
 青地に赤地、金に銀、白、紫等々花や鳥、鈴に蝶、絣やまだら、雲や波の表現した柄に太陽や月を模倣した柄。山の風景や、絵巻物柄などもある。
 そして、簪の材料になる鼈甲や翡翠に珊瑚に真珠などもある。

「驚きました。こんな品をいただいてよろしいのでしょうか?」
 白花はそろそろと反物に触れ、複雑な面持ちで荒日佐彦に尋ねる。

「よいよい。村の皆と宮司の心遣いだ。これで遠慮なく着物を仕立てるがいい」
 そう言いながら荒日佐彦は白花の隣に陣を取り、彼女の肩を引き寄せる。
「本宮に入る際の衣装は、白地に金糸の梅模様がいいか。それとも……こっちの象牙色の竜胆色がいいか。辻が花が描かれて絞りがある。……金地も華やかでいい。悩むな」

「どうせなら、いま流行のものも取り入れましょうよ。ヘアスタイルとか着方とかも。あっ、なんていうんでしたっけ? そうそう『モダンガールふぁっしょん』とかいうのもお仕立てしましょう!」
「もだ……?」
 聞き慣れない言葉に荒日佐彦と白花は互いに顔を見合わせる。

「洋装ですよっ。正式な催しには難しいかもですが、普段着とかお二人で人間界にお忍びにお出かけになるときとか絶対に必要ですよ!『モボ・モガ』とかいうらしいです」
「アカリ……よく知ってるのね」

「そりゃあ、世間の流行とか情勢とか確認しておかないと! 何せ荒神様はそういった世情に疎い……もとい気にしない方が多いんです。だから神使がしっかりしないと」
「けれど、洋装だと反物では仕上げるの、難しいのではないかしら?」

 白花の疑問にアカリは鼻息を荒くしながら胸を張る。
「とにかく和装を先にこしらえて、残った反物を売るんです。それで洋装用の生地を購入しますよ。それに反物だって使い方によっては洋装を仕立てられると思います!他の神社の神使と交渉して物々交換で手に入るご衣装や素材もありますし。わたしにお任せください!」

「まあ、他の神社の神使たちとも交流をするの?」
 白花は目を丸くして驚く。

「そうでございますよ。そうすることによって余っている物や不要になった物などを再利用するのです。お品は皆いい物ですからね、処分などもったいないです」
「そうね。使わなかった物をずっと閉まっておくのはもったいないわ。他の神社の神様が利用してくださればこんな嬉しいことはないわ」
 うふふ、と白花とアカリは笑い合う。

(それにしても、アカリはすごいわ。色々と交流してるのね)
 白花はまたアカリに、そう感心してしまう。

 アカリは神社会での知覚や感情、思考の伝達を惜しみもなく出して他の神社の神使たちと交流しているのだ。
 白花にとってアカリはもう、いなくてはならない大切な存在になっていた。

 ――荒日佐彦様の存在も……。

 肩に触れる荒日佐彦の大きな手の温もりから、言葉にならない波動が優しく伝わってくる。

 その波動は優しいだけではない。
 自分を『愛おしい』という彼の感情までも流れてきていて、白花は自分が愛されているということを体感できた。

 無条件で自分の全てを愛してくれる。
 それのなんて幸せなことなのか。
 白花は生まれて初めて愛される喜びを経験していた。

 荒日佐彦に愛されて寄り添っていける。
 今までの自分が癒やされ、そして少しずつ自分を肯定して自信へと繋がっていく。
 自分は彼とこれから長い時を生きていくことに、何の躊躇いもない。