「お父さま! どうして私が鷹司家からいただいた物を神社に供えるの!? あれは私のよ!」

 書斎で書類を見ている勇蔵はやってきた娘の美月を一瞥し、眼鏡を外す。
「いただいた物の、ほんの一部だろう? それに供え物ではなく献上品だ。お前は嫁いでこの家から出ていく身だが、間違えるのではない」
「嫌ったら嫌よ! 皆、慶悟様からの贈り物なのよ? いただいた物で着物をや髪飾りにブローチや首飾りを作るようにって……全て私のなのに! 一部だって『うさぎ』に渡るなんて絶対に嫌!」

「美月!口を慎しめ!」

 父の怒声に美月は自分の失態に気づき、しょんぼりと肩をすぼめた。
「その名前を出すことは禁じたはずだ」
「すみません……」

「鷹司家に行ってからも気をつけなさい。あの習わしは帝都に近づけば近づくほど禁為であり、知られたら槙山家が無くなるかもしれん」
「……はい。気をつけます」
「お前は癇癖が強い。それが原因で慶悟さんに嫌われないよう心がけなさい」

「けれど……あの献上品は……私の……」
 叱られたのがよほどショックだったのか、それとも婚約者からの贈り物の一部が神社に献上されたのが嫌だったのか、美月はシクシクと泣き出した。

 怒鳴り声に何事かと美月の母がやってきて、娘が泣いていることに驚く。
「まあ、あなた。これは何事ですの?」
「お父さまが、私が慶悟様からの贈り物の一部を神社に渡してしまったの」
「まあ……」

「ほんの一部だぞ?少し渡したくらいで、嫁入りの支度ができなくなるわけではあるまい。それに儂の方からだって用立てするんだぞ?」
「あれじゃないと嫌なの……!」
 まるで幼子に戻ったような娘の我が儘ぶりに、父は盛大に溜め息を吐く。

 対して母はそれが当たり前のように「可哀相に」と慰めていた。
「わかるわ、嫌なのよねぇ? 消えたとはいえ、贄になって食われたとはいえ、あの『女』に渡るようで、それが嫌なのね?」
「ほ、本当はもう、あの神社にだってお参りしたくないわ……! 人を食らう神を奉るなんて……気持ち悪いし!」

「口を慎めと言っているではないか」
「あなた、もういいじゃありませんか」

 母は夫である勇蔵に詰め寄る。
「わたくしも美月に賛成です。本当に贄を欲しがる神社にいつまで固執するんですか? そんな神など恐ろしくて恐ろしくて……今回はあなたの機転で美月は助かりましたけれど、また味をしめて欲しがってきたらどうするおつもりなんです? これから生まれる孫を差し出すのですか? そんな神など奉らなくてもいいではありませんか」

「しかし、奉らなくては槙山家は崩壊するぞ」
「それこそ世迷いごとです。文明開化の進む人間社会の常識から外れております。今までだってきっと槙山家の人間が優秀だったから、ここまで大きくなったんですよ」

 母の説得に美月も泣きながら訴える。
「そうよ、お父さま。槙山家の人間だからこそできたことであって、神のおかげじゃないわ。だからもう辻結神社とは縁を切りましょうよ。悪いことが起きそうで怖いのよ」

 勇蔵は渋い顔を崩さず、座り込んだまま考え込んでいた。