「なんて名前を付けていただいたの?」

「うさぎ、と。でも、今は……『白い花』と書いて『きよか』と……」
『うさぎ』と言った瞬間、母は眉をひそめたが、すぐに『白花』と名乗ったら満面の笑みを浮かべてくれた。

「一緒にいらっしゃる神様がお付けくださったのね。いい名前をくださってありがとうございます」
 母はずっと傍で見守っていた荒日佐彦に頭を下げた。

「私も最良の妻を娶ることができて嬉しく思う」
 荒日佐彦の言葉に白花は頬を染める。
 荒日佐彦は何かと自分を褒める。
 死に別れた母にも変わらずに褒めるので、くすぐったいやら恥ずかしいやらだ。

「素敵な旦那様だわ。よかったわね、白花」
「はい」

 白花は荒日佐彦に関してだけは自信を持って頷けた。

 白花と荒日佐彦の様子をしばらく眺めていた母は神妙な顔をする。
「もう、いかなくてはなりません。このはなさくや様と別天津神(ことあまつかみ)様方々のお約束ですから」

「……もう、いってしまわれるの?」
「ええ、ごめんなさい。でも、まさか死して娘とこうして会えるとは思わなかったから、母は満足です。……白花もどうか、これでわかってほしいの」
「お母さん」
 互いにもう一度抱きしめ合う。

「はい……私も、まさか会えるなんて思っていなかった。記憶にないお母さんの顔を見られてよかった」
「ええ、私もよ。成長して素晴らしい伴侶を得た娘に会えてうれしかったわ」
 
 それでも、涙の止まらない白花の頬を母はなぞり、それからまた改めて荒日佐彦に頭を垂らした。
「どうかこれからも娘をよろしくお願いたします」
「もとよりそのつもりだ」

「……それから、荒日佐彦神様は全てお見通しでしょうが、宮司様のこともお願いしたします」
「うむ」
 荒日佐彦が大きく頷いた。

 ――宮司様?

(どうしてここで宮司様が出てくるのかしら?)
 疑問に思った白花だったが、もう一度母に抱きしめられそちらの方に気がいって頭の奥に追いやってしまう。

「お元気でね」
「はい。……お母さんは、これからどうなるのですか?」
「しばらくはこのはなさくや様の元におります。それから先は、別天津神様たちがお決めになるでしょう」
「そうですか……」
「酷い目に遭うとかありません。心配ないからそんな顔をしないで、白花」

 愁いの影がある白花の顔に母は、笑いながらそう言った。

 母は白花をもう一度抱きしめると、離れ、
「幸せにおなりなさい」
と、微笑みながら消えていった。