白花は目を凝らし見つめていると、その女性はゆっくりと何かを確かめるようにこちらに歩いてくる。

 その女性は白花を認識したのか、泣きだし、歩みを速める。
「私のやや、私のやや子……!」
「えっ?」

 白花は荒日佐彦に視線を移す。彼は微笑みながら頷くと、「白花の母親だ」と背中を押した。
 まさか? 顔の知らない母。

 まだ若く、そして自分によく似ている。
 真っ直ぐな黒髪を緩く後ろで一つに結わき、涙で揺れている瞳は黒曜石色だ。

「お母さん……? お母さんですか?」
 驚きに震える声で呼びかけた白花に、その女性は飛び込むように抱きしめてきた。

「大きくなって……! ああ、このはなさくや様、このような機会を与えてくださりありがとうございます! この手に抱きしめられる日がくるなんて……!」
 きつく抱きしめられる。今まで抱くことの叶わなかった子の体温を全て味わうかのように。

 白花は覚えていない。けれど、どうしてかこの人が自分の母親だとわかった。
 流れ巫女で金と引き換えに子を産むことを承諾して、自分を産んでまもなく亡くなってしまったと、『金に目が眩んだ落ちぶれた巫女の子よ』と美月の母にあざ笑われた。
 でも、そんな、金に目が眩んだように見えない清らかさがある。

「おかあ……さん?」
「そうよ。よく、お顔を見せてくれる?」
「……あっ、で、でも、私……」

 白花は自分の持つ色を恥じた。
 母はどう見ても健常な色を持つ人だから。
 けれど母は気にしていないようで、白花の両の頬に触れながら間近で自分を見つめる。

「白い肌に、絹のように輝く白髪。それに、珊瑚のような美しい赤い瞳。心配してた、健康に恵まれたのね。……よかった」
「……気持ち悪く、ない?」

 白花の問いに母は目を大きく見開く。
「何を言うの? 全然そんなこと思わないわ。それに、ややのその姿は、私の一族の血を強く受け継いだ証拠なの」
「一族の……?」
「ええ、お母さんの一族はね、海を越えてこの国に来たの。そうしてこの国の人間と繋がっていったのよ」
「そう……だったんですね」

 海を越えた遠い国。遠い昔にこの国に来た一族。

「『先祖返り』っていうの。……ごめんなさい、私が産んですぐに亡くなってしまったから……教える時間も、一緒に逃げる時間もなかった……」
「お母さん……おかあ……っさんっ」

 母親だ。
 この人は間違いなく自分の母親だ。魂がそう訴えている。

 白花も堪らず涙を零し、母を強く抱きしめた。
 会いたかった。
 抱きしめて欲しかった。
 供に笑い、供に泣いて欲しかった。
 一緒に生きてほしかった。

 様々な想いが一気に押し寄せてきて、白花はただ泣きじゃくる。
 母と二人、抱きしめ合い、ひとしきり泣いて、そして目を合わせ笑った。