「お前は自分を知らなさすぎる。『無垢』でとても愛らしいが、己を知って受け入れて行かねば『無知』となる。私の妻となって、自分は何者になったのか理解せねばいかんぞ?」
「……荒日佐彦様。申し訳ありません……」
「お前が今までどんな境遇にいたのかは知っている。だからすぐに自分を変えることは難しかろう。だが、お前の全てを受け入れて愛しむものたちがいることを忘れないでくれ」
「……はい」

 つい俯いてしまった白花の頭に、荒日佐彦の唇が落とされる。
 労るように肩を抱く彼の手も既に白花には心地よく、安心できるものとなっている。
 愛されている――そのことに心が震えるほど嬉しく、涙が溢れるほどなのに。

 ――怖くて仕方がない。

 こんなに愛されていていいのか?
 これは夢で、目が覚めたらいつものように「化け物」と罵られ蔑みの目で見られながら使用人以下の扱いを受けているのか。
 彼が横で寝ている姿を何度も確認して安心してようやく眠りにつく、そんな夜が幾度もある。
 アカリや可愛い神使の兎たちも、目の前から消えてしまうのではとも。

 自分の出生と生きてきた軌跡で、自信を持てないとわかっている。
 こんなに愛されたことなんてなかったから。

「すみません、私。こんなに愛されたことがなかったものですから……どうしても卑下してしまって」
「そんなことはないだろう?」

 荒日佐彦の意外な言葉に白花は顔を上げ、荒日佐彦の顔を見つめる。
「白花の亡き母君は、お前を慈しんだはずだ。それと宮司の爺と」
「宮司様には大変お世話になりましたが……母は私を産んですぐに亡くなったので……」
「お前を産むまで母君は、とても楽しみにしていた。毎日子守歌を歌い、腹から白花を撫でていた。『愛し子』と呼びながら。産んで体の回復を待って白花とともにあの家を出るつもりだったことも。『槙山家の犠牲にさせない』と」

「……お母さんが?そんなことを思って……」

「ちょっと待っていろ」と荒日佐彦は目を瞑り、しばらくしてから目を開けてある方向を指さす。

「このはなさくや神が取り次いでくださった。『安産の神でもありながら、救うことができなかった』詫びだそうだ」

 荒日佐彦が指した方向に巫女姿の女性が一人、立っていた。