うさぎは鏡に映る自分の姿を不思議な気持ちで見つめた。
 
 白無垢の花嫁衣装に綿帽子。
 そしてうっすらと顔に施された白粉に淡い紅。

 こんな質のいい衣装を着るのも、化粧をするのも初めてで、とても鏡の向こうにいる自分が自分に思えないでいた。

「へぇ、まぁまぁじゃない。あんたも着飾ればそれなりね」
 襖が開いた向こうから、うさぎの姉である美月(みつき)が入ってきた。

 彼女の着物は赤の地色に振り袖で金糸に銀糸で刺繡された扇に桜、流水と華やかな装いである。
 着物に合わせて結い上げた髪も今流行りだというモダン編みで、頭の片側に重点を置いた花飾りが目を引く。
 誰よりも上でありたい美月のことだから、花嫁の自分より華やかで派手でいたいのだろう。

 そんなこと、しなくてもいいのにとうさぎは思う。
 婚礼は真夜中で、ひっそりと行う――というより、自分の式には誰も参加しない。


 美月はしゃなりと歩き、うさぎに近づく。
 うさぎの足に痛みが走った。美月が自分の足を踏み、体重をかけてきたのだ。
「……っ」
 うさぎは歯を食いしばり痛みに耐える。

「あんたの着ている衣装はね、槙山家の家宝の花嫁衣装なのよ。宮家に縁のあるご先祖が嫁いできたときに召した物なの。それ以来袖を通していなかった。だから私がお嫁にいくときに『着たい』とお父様におねだりしていたのに……っ! あんたが着たら薄汚くて着られないじゃない」

「……ご、ごめんな、さい……」
 うさぎは、ただ謝るしかできない。謝っても彼女らの手が止まることなどないのに。

「うさぎのくせに! 自分の目と髪をよくごらんなさいよ! 赤い目に白い髪で! 化け物じゃないの! 化け物が槙山家の家宝の着物を着て身内を名乗るんじゃないわ!」
「ごめん、なさい……」

 うさぎは謝り続けた。それが理不尽でも、自分に罪がなくても頭を下げて詫びることしかうさぎにはできない。
 少しでも口答えするものなら、もっと酷い折檻になるから。

 痛みに耐えかねて、とうとううさぎは畳に倒れ込む。
 着物の裾がはねて、白い足首が見えたのを幸いにと美月は足首に体重を乗せ、何度も踏んでくる。

「……ぐっ」
 ぐり、と捻られた痛みにうさぎは顔を歪めた。

「ふん……っ」
 美月はうさぎの足首から足を下ろし、荒くなった呼気を静めながら自分の着物の裾を整える。

「まあ、出来損ないのあんたには『物の怪』と呼ばれている神がお似合いよね。せいぜい『物の怪神』の花嫁として尽くすといいわ。――あ、でも喰われちゃうかもね。だって見た目、どうみたって『物の怪神』の好物の『うさぎ』だもんねぇ。けど『うさぎ』って、あんたの容姿そのまんま。顔は人を表すって本当よね。人らしくなくて『化け物』だわ」