(それに……)

 荒日佐彦が自分の拙くてとりとめのない話を、楽しそうに聞いてくれる。

 彼の瑠璃色の瞳が自分を見つめ、宝玉のように触れてくるとどうにかなってしまいたくなる。
 
 白花は荒日佐彦の腕の力強さを思い出して、トクトクと胸を鳴らす。

「こんなところにいたのか、白花」
「――っ!? 荒日佐彦様」

 後ろから抱きしめられ、白花は驚いて顔を後ろに向ける。
 すぐ近くに彼の逞しい首があって、唇が触れそうになり、慌てて前に向き直した。

「? どうした?」
「い、いえ。なんでも……」

 きゅう、と包むように抱きしめられ、白花は頬を染めた。

 それを知ってか知らずか荒日佐彦は、楽しそうに話しかけてくる。
「白花はいつも初々しいな。まだ俺にこうされるのは慣れぬか?」
「す、すみません……。い、いつか慣れるかと……」
「よいよい。少しずつ慣れていくといい。何もかも初めて戸惑うばかりであろう?」
「ありがとうございます。一刻も早く慣れるよう努めて参ります」
「だから少しずつでよいと言っているであろう?」

 あはははと笑いながら、荒日佐彦は腕を白花の腰に回す。

「ここで何をしていたのだ?」
「あ、はい。部屋に花を飾ろうかと……。今アカリさんに、剪定ばさみを取りにいってもらっているところです」
「なんだ、まだ『さん』付けをしているのか?『アカリ』でいいんだぞ?」
「でもまだ慣れなくて……」

「そうなんですよ、『アカリ』と呼んでくださいと申しているんですけれど」
 アカリが戻ってきて、白花に剪定ばさみを渡す。
「ごめんなさい」
「いえ、いずれは『アカリ』と呼んでくださいましね。その方がわたしも嬉しいんです」
 ニコニコしながら白花に話しかけるアカリに白花は、本当にありがたいなと思う。

「部屋に飾る花が欲しい、と言ったな? 好きに選べる場所へ連れて行こう」
「は、はい」

 荒日佐彦が白花を引き寄せ、そのままどこぞへ連れて行く。
 仮宮があるこの周辺は、確かに父が神を一時的に移す場所として造った。
 なのに別の空間の中に自分たちはいるのだ。
 おそらく荒日佐彦が連れて行こうとする場所も、異空間なのだろう。

 仮宮の外を数歩歩いて――急に景色が変わり、その光景に白花は目を見張る。
 いつの間にか、一帯に咲き乱れる花々の中にいたからだ。

「今、我らが居る場所は『夏』の地だ。隣は『秋』もう少し行けば『冬』がある。後ろは『春』だ」
「ここはいったい……? 村の……中ではありませんよね?」
「ここは、このはなさくやひめ神が管理なされている地だ」
 それは白花でさえよく知る女神だ。

「か、神様ではありませんか? そんな恐れ多い場所に私がきては……!」
「ここに来られた、ということはそなたは受け入れられたということだ。安心せい」


「で、でも……!」

 ――化け物。

 美月の声が頭に響いたその時。

「白花」
 美月の声を霧散させる甘く優しい声と、自分の頬を撫でる大きな手に白花は我に返った。