しばらくして「はぁ~」と荒日佐彦の盛大な溜め息が聞こえ、

「そこからして間違っている」

 と呟いたので、うさぎは思わず顔を上げ、小さな荒日佐彦を見つめる。

「以前、神社を新しくしたのは百年前のはずだ。そこでも『花嫁』を所望したはずだ」
「はい、そう伺っております」
「辻結神社の主祭神は百年に一度、代替わりするのだ。同じ荒神の性質を持つ神とな。今年から私が辻結神社の主祭神となり『荒日佐彦』の名を受け継ぐ。代替わりするとき、村から花嫁をもらいともに祀られる対象となるのだ」

「……えっ?」
「『夫婦神』となるのだ、私とお前は。なのに食うわけなかろう……全く、どこで伝えがねじ曲がったのだ?」
「初耳です……」

「お前……」
 荒日佐彦はジッとうさぎを見上げるとニヤリ、と歯をむき出しにして笑った。

 小さいせいかは『物の怪』というより、悪戯好きな子供っぽい。
 神様に対してこんなこと失礼にあたるけれど「可愛い」なんて思ってしまううさぎだ。

「まあ、いい。お前は槙山家の代理としてやってきたわけだ」
(代理?)

 荒日佐彦の言葉にうさぎは首を傾げたが「もしかして」とも納得した。

(きっと本妻の子である美月ではないからだわ。花嫁『代理』って意味なのかも)

 ――やっぱり、本妻の子でなくてはいけないのかしら? 困ったわ。

 ここで謝罪すべきだろうと思うも、荒日佐彦の話しはまだ続きそうなのでそれが終わってからにしようと、改めて耳を傾ける。

「百年前にも槙山家から花嫁を差し出している。それは最初に辻結神社を造って祀ったのが槙山家だからだ。当時の土地の荒神を祀り、住みやすい土地にしてくれと願った。初代はそれを受け入れたのだ。しかし荒神も妻を娶り百年も経つと変化してしまう。『穏やかな自然神』へとな。この神社は荒神が御祭神ゆえ、それで百年に一度、代替わりするわけだ。中の御祭神が変わるからな。神社も建て直しとなるのってわけだ」

「では……『贄』でなく、私は荒日佐彦様の本当の花嫁となるのですか?」
「……っ!? 決まっているだろう?」

 顔の部分が心なしか赤く染まっている気がする。
 針山のような毛皮の奥にある顔は赤面しているのだろうか?

「知りませんでした……宮司さんも知らないのかも……」
「あの爺さんは余所からきたのだろう? 本来なら槙山家の者が務めなくてはならないがまあ……時代が変わって、他の事業に手を付けて、神社を管理したい者がいなくなって外部に頼んだのだろう。口伝にて伝える内容も多いから、そこで曲解されたのか伝わらなかったのかどちらかだな」

 ほったらかしにされるよりかはマシだがな、と言うが、荒日佐彦自身は不満そうだ。

 ――私が神の花嫁?

『贄』だと思っていたのに。体が熱くなる。

「は、花嫁だなんて……。このような姿の私が妻になるなんて、荒日佐彦様にいいわけありません! 相応しくなんてない……っ!」
「何故だ?」
「だって、この姿! 私は『うさぎ』と呼ばれて人扱いされてきませんでした。村人も家族も……誰も……。そのような者が妻になっては荒日佐彦様が軽んじられてしまいます! それに、私は妾の子で、本筋の娘ではなくて……!」

「私は、お前がいいな――と思ったが?」