パタパタ……と障子の向こうで走る音が聞こえ始める。

「あ、朝食ができたようですよ。お支度しますね」

 アカリは立ち上がりうさぎに羽織物を肩に掛けると、寝床に卓上を用意する。

 具合よく障子が開いて、ウサギたちが持ち上げて食事を持ってきた。

 後ろ足で立って四人一組で膳や汁物、おひつなど持って設置する。
 その手際の良さに、うさぎは目をまん丸にしたままだ。

 しかも食事といったら作りたてのほかほかで、汁物もよそるご飯も湯気が立っている。
 うさぎ自身、他の者の手で作られた食事を頂けるのは久しぶりでもあった。
 といっても包丁の持てない幼い頃にも食べたことはあるが、残り物の冷えた食事ばかりだった。

「さあ、お召し上がりください」

 アカリが言うとほかのウサギ等も「おめしあがりください」と一斉に声を上げジッと見ている。
(ちょっと食べづらい……)
 一斉に注目を浴びている中、うさぎはご飯を一口。

 つやつやに輝く白飯には大根など混ぜ物が入っていない。炊きたての甘い味がする。
「……美味しい」
 思わずつぶやくと「やったー!」とアカリ含むウサギたちが、飛び跳ねながら喜ぶ。

「わたしたちが作った」
「頑張った」
「美味しく作れた」

 アカリ以外のウサギ等は、そう口々に言い合いながら嬉しそうに部屋から出て行った。

「忙しなくて申し訳ありません。お嫁様がいらしてくれたことが嬉しくて、自分たちも何かしたくて仕方がないようで、許してやってください」
 アカリが深々と頭を下げる。うさぎは慌てて首を横に振る。
「い、いえ。全然平気です……それに」
 
 うさぎは膳に置かれた食事の数々を眺めながら言った。
「こんなに温かな食事をいただけて、しかも歓迎してくださるなんて思ってもみなかったんです。それに、神使様たちの主人である荒日佐彦様を皆が慕っているからこそ、その嫁である私にこのような支度をしてくださったのでしょう」

「まあ……うさぎ様は、なんてお優しい……」

 感激したアカリはよほど嬉しかったのか、隠していた耳をポンと出す。

「いえ……贄としてやってきた私にこんなにまでしていただいて、申し訳なさでいっぱいというか……」

 うさぎの言葉にアカリは、今度はウサギの目と鼻に戻る。

せっかく美人になっているというのに、こっけいな顔立ちになってしまっている。
「あ、あの、私、何かおかしなことを言いましたか?」
「ええ、仰いました――『贄』ってなんのことでしょう?」
「えっ? 言葉のままですが……?」
「と、いうことは『生贄』と? うさぎ様は食べられに来なさったと?」
「はい」
「誰に?」
「……その、奉られておられる御祭神様に……」

 うさぎは箸を置いてそろそろと話す。
 というのも、アカリの雰囲気がどんどん剣呑になってきたからだ。

(私、怒らせるようなこと、言ったんだわ)

「己、人間どもめ! 神をなんだと心得ておる!」
「あ、あのアカリ様……」
「くやしい~!荒日佐彦様~!!」

 そう声を荒げると、彼女は部屋から出て行った。

「……あっ」
 うさぎは青ざめた。カタカタと体が震える。

(どうしよう……神使様を怒らせてしまったわ……これでもし村に罰が落ちたら……)

 死んでもお詫びできない。

 どうしようと思っていたらすぐにアカリが戻ってきて、
「うさぎ様、わたしめのことは『アカリ』で結構ですからね? それからご飯もゆっくりとお召し上がりくださいませ! アカリはちょっと席を外させていただきますので!」

 そう笑顔を浮かべ一気に言うと、飛び跳ねるように去っていってしまった。

 うさぎはアカリの言葉を受け取り、最後かもしれない食事をしっかりと味わい朝ご飯をいただいた。