律にとって、烈は隣に住む格好いいお兄さんだった。
 律と烈の弟が同い年であり、親同士も仲がよかったため、なにかあったらよく隣の家に預けられていたのだ。
 烈の弟である瑠希はよく言ってしまえば年頃で、悪く言ってしまえばガキだったがために、ゲームをしたら手加減なしに律をボコボコにして泣かせるし、運動神経が特にない律をほったらかしにして公園のアスレチックに夢中になるのだから、ふたりの相性ははっきり言って最悪だった。
 一方、それを見かねた烈は「こら瑠希。律ちゃん泣いてるからもっと優しくしなさい」と言ってから、しょっちゅう慰めてくれていた。

「ごめんな、瑠希が勝手で」
「……ううん。るきちゃんいじわるだからきらい。れつくんはやさしいからすき」
「それ、瑠希には言ってやるなよ」

 律と瑠希が保育園に通っている頃には、既に烈は小学校に通っていて、律と瑠希が小学校に上がった頃には、既に烈は中学校の制服に袖を通していた。
 律は学ラン姿の烈に、ドキドキした顔をしていた。

「烈くんかっこいいねえ」
「ありがとう」
「おれだって同じ校区だから行くからな」
「瑠希ちゃんすぐ乱暴するから、制服着るようになっても変わらないでしょ」
「乱暴じゃねえし。律がすぐ泣くだけだし」
「こら、瑠希」

 進学しても大して関係は変わらず、律の片思いは膨らむばかりであった。
 なんだかんだ言ってしょっちゅう瑠希と一緒にしるせいで、ませた女友達からはしょっちゅう「律くんと付き合ってるの?」と聞かれたが、それには律はきっぱりと「ありえないから」と言っていた。
 同じく瑠希もまた「ないない。あの泣き虫とはありえない」と言うものだから、またしても裏で律は抗議をし、瑠希は「ほら、また泣く」と面倒臭そうにしていた。それを学校帰りの烈は「また瑠希、律ちゃん泣かせたのか」と呆れて律を慰めに行っていた。
 律が泣いていたら、烈が慰めに来てくれる。それに少し優越感を覚えていたところで。
 失恋は唐突にやってきた。
 律と瑠希は今なお小学生だったが、烈が激しい受験戦争に打ち勝って、高校に進学したのである。中学時代の学ランも様になっていた烈だが、地元高校はちょうど制服を替えたばかりで、真新しいデザインの真新しいブレザー姿の烈は、いよいよ格好よくって誰もが放っておかないだろうと律は見た瞬間に顔を赤らめていた。

「烈くん格好よくなったねえ」
「そうか? 兄貴全然中身変わってねえけど」

 しょっちゅう泣かされ泣かす関係だった律と瑠希だったが、小学校高学年ともなれば、そこそこ仲のいい友達で治まっていた。
 その頃には耳年増の子たちも、律には他に好きな人がいると知っているため、ふたりの関係についてどうこう言う人間はいなかった。むしろ律が瑠希の恋愛関係をアドバイスするような関係に落ち着きつつあった。
 その日は調理実習でカップケーキをつくり、「家族に持って帰りましょう」と先生に言われて、ラッピングまでしていた。律の家は、律以外は甘いものが得意ではなく、自然とこれを烈に持っていってあげようと思い立った。
 その日は瑠希は「ちょっとお菓子渡してくる」と、律がアドバイスした子に渡しに出かけていた。瑠希の入っている地元のサッカークラブのマネージャーをやっている子らしい。「上手く行くといいね」と励ましてから、律はひとりで烈の家を訪ねに出かけた。
 だが。

「あれ、律ちゃん」
「可愛い。妹さん?」

 烈は同じブレザーを着た女の子と一緒に帰ってきたのである。甘い匂いは最近ドラッグストアで大きなポスターの貼られているいい匂いのシャンプーのもの。ふたりで仲良く手を繋いで帰ってきたふたりを見て、律は「な、なんでもない……!」と逃げ出した。
 律にとって、烈は優しい大人びた男の子であり、その優しさは律への専売特許だったが。そうじゃないと初めて思い知ったのだ。
 カップケーキは結局烈に渡ることはなく、律は泣きながら可愛いラッピングをむしり取ってひとりで食べ尽くしてしまった。律は初めての失恋で、布団に丸まって泣きながら家族が帰ってくるまで寝こけてしまったのである。