ああ、あの件を知っているのか、とすぐにわかった。
 一年生の秋、ぼくは英語の答案用紙を白紙で出した。
 それまでは毎回ほぼ満点だったから、職員室で少し話題になったらしい。

 夏休み明け、若い英語の男性教師が、取り巻きの女子生徒数人に設問を漏らしていると噂がたった。
 真偽ははっきりしなかったが、その数人は結果的に高得点を取っていた。
 そういう不正が許せなかった。

 同時期にバスケ部を退部したのも、同じ教師が顧問だったからだ。
 二学期の英語の成績は、十段階で「二」に落ちた。
 誇らしかった。

 母はぼくに無関心で、父はあらゆる気力を失っていた。だから、親には何も言われない。

 中学生の頃、父が勤める食品会社で大規模な不正経理が発覚した。経理課長だった父は「トカゲの尻尾」として更迭された。
 父にどっぷり依存していた母は、よるべを失い、趣味だった菓子作りにのめり込んだ。
 あの頃、家にはいつもむせるような甘い匂いが立ち込め、大量のクッキーやスポンジケーキが放置されていた。

 茜の家庭も壊れていたと知ったのは、つきあって、しばらく経ってからのことだった。
 茜の父は弁護士だ。
 ある日、小学校から帰宅した茜は、居間で泣き崩れている母を見る。
 外に女をつくり、妻子を捨てて、父親は突然家を出たらしい。
 相手は法律の専門家だ。諦めた母親は、離婚届に判を押す。
 引き換えに、相場より多めの慰謝料と養育費を受け取った。