第一話
そんな顔しないで
わたしたちは、小さい頃から二人一緒にいた。
保育園も、小学校も、中学校も、そして高校もずっと一緒。
家が隣同士で、なにかあればすぐにお互い頼り合って、そばにいた。
だから高校を卒業した後も、大人になってもずっと二人でいたいと思っていたのに、彼女は放課後、わたしを屋上に呼び出してこう言った。
「もうあなたとは会いたくない」
卒業式の四日前にその言葉を聞いたわたしは、衝撃と戸惑いでそのまま倒れて、目が覚めた時には保健室のベッドにいた。
「・・・あれ、誰がわたしをここに?」
目を軽く擦りながら起きたら、その様子をじっと心配して手を握っていたあの彼女がいた。
「れな! ごめんね、ごめんね」
「・・・あっ」
さっきは
「もうあなたとは会いたくない」
と言っていたのに、今までとは変わらずにわたしを抱きしめた。
わたしの名前はれな。紺色の肩まで細く短い髪に海のように綺麗な青色の瞳を持つ不思議で可愛らしい女の子。
「大丈夫だよ。謝らないで」
満面の笑みで笑ったわたしを見た彼女。
名前はりな。水色のショートボブに同じ水色の瞳を持つクールで大人っぽいわたしの自慢の幼なじみ。
だけど、どうしてりながわたしと会いたくなくなったのか。
その理由が全く分からない。
嫌いになったのなら、はっきりそう言えばよかったのに、どうしてまだわたしを抱きしめるのか。
その理由がすごく気になったわたしは、抱きしめられている腕を離して、真剣な眼差しをりなに向ける。
「ねえ、りな」
「なに?」
わたしが不思議に首を傾げるりなの頬にそっと触れる。
「わたしのどこを嫌いになったの?」
ただ理由が聞きたくて質問されたりなはその一瞬で涙を流す。
「えっ、りな?」
わたしの真剣さがりなの心に強く刺さりすぎたのかは分からないけれど、それでもわたしは、その涙をハンカチで拭いながらもう一度聞く。
「りな、わたしのどこがき」
「違う! 違うの!」
「えっ」
拭われたわたしのハンカチを思い切り床に落として否定し始めたりな。
その姿を見て、わたしはもうなにをすればいいのか分からない。
しかし、次の瞬間、りなは予想外の言葉を口にする。
「わたしは、れなを嫌いになったことはないの。むしろ、好き、大好き! だからもう会いたくない」
「え・・・」
わたしのことが好き?
だったら逆に会わないと、嫌なはずだよ。
幼なじみだから、自然と好きになるのはおかしくない。
その言葉はとっても嬉しいのに、りなの涙は止まらない。
「りな」
「ごめんね、ごめんね。わたし、りなを幼なじみとか、友達とか思ったことは一度もないの」
「え、それってどういう意味?」
りなは今まで、わたしのことをなんだと思っていたのか。
頭の中がごちゃごちゃになったわたしは、今度は手でりなの涙を拭おうとしたら、りなに一瞬でそれを力強くパシッと拒まれて、もうりなから目を逸らした。
「・・・・・・」
「れな、わたしは恋愛の意味でれなを好きになったの」
「あっ」
その言葉を聞いて、わたしはもう一度りなと目を合わせると、りなは美しく微笑んでそれは嘘には全く見えない。
でも、なんとなく分かった気がする。
ずっと二人でいてきて、りなはわたしと手をつなぐ時も、抱きしめ合う時も。いつも嬉しそうに、幸せそうに笑っていて、わたしもその顔を見る度に幸せになる。
だから、ずっと二人でいるためにはこれしかない。
「分かった」
「え」
「じゃあ、付き合っちゃおう」
幼なじみとか、友達とか。
りなが嫌ならもうやめる。
だって、わたしは、りなといるためにこの世界に生まれてきたんだから。
第二話
恋人になった二人
「じゃあ、付き合っちゃおう」
と言った、昨日にわたしに、今日のわたしは喜んでいる。
生まれてから一度も彼氏ができたことないのに、昨日りなは最高に幸せそうに笑った。
『うん! 嬉しい、ありがとう!』
大人っぽいとクラスメイトから噂されて何度も男子から告白されていたりな。
けれど、毎回それを断って、毎回わたしに頼って。男子はよくわたしのせいでりなが断っていると、毎回毎回噂されて困っている。
でも、それは今日からもう二度と起こらない。
なぜなら、わたしがりなと付き合っているから。
「えっへへ」
今まで以上に学校に行くのは楽しい。
りなと恋人繋ぎを堂々と外で、学校で、教室でする。周りがわたしたちを不思議に見ていても、わたしは全く気にしない。
どんな形でも、りなとずっと二人でいられるなら、恋人だってありなはず。
「えっへへ、楽しいね。りな」
満面の笑みを見せるわたしに、りなも同じように笑って頭を撫でる。
「そうだね。でも、いいの?」
「なにが?」
「わたしと本当に恋人になって」
その寂しそうな言葉と姿が、わたしの心に強く寒く突き刺さったけれど、わたしはそれを温めるように、教室の中で堂々と抱きしめた。
「れな」
「わたしはりなとずっと二人でいられるなら恋人に、喜んでなれる。それじゃダメ?」
瞳を大きく揺らして首を傾げるわたしを、りなは首を横に振った。
「ううん、ダメじゃない。むしろ、嬉しい」
クールにかっこよく笑うりなに、わたしは教室の時計を見ると、午後十六時でもう帰っていい時間。
周りも少しずつ教室から出て行き、わたしもカバンを持ち、りなにある提案をする。
「ねえ、りな。今からデートしよう」
「えっ」
高校生活はあと三日で終わる。
わたしは一度、あることをしてみたいと思っていた。
それは、学校帰りのデート。
高校生なら普通にしている人も多いし、別に悪いことじゃないからしてみたい。そう思って、わたしが瞳をキラキラと輝かせたら、りなもとっても嬉しそうに大きく頷いて笑った。
「うん! 行こう、今すぐ行こう!」
小さい頃と同じような可愛らしく元気な笑顔を見せるりな。今までもずっと二人でいたのに恋人になったら、こんなにも人生が変わる。
りなの笑顔が、わたしの人生を一瞬でキラキラと輝かせた。
「れな、次はあそこに行こう」
「うん、いいよ」
学校から約八分歩いたところにある街にきたわたしたちは色々なお店を回っている。
小物や雑貨、カフェに映画。
時間なんか全く気にせず、わたしはりなが行きたいところについて行って、お揃いの物を買って楽しむ。
今までだったら、一つのお店だけ行って、欲しい物をそれぞれ買って、大好きなロールケーキを買って帰っていた。
でも、今日は違う。
今日は、これからは恋人として二人だけの時間を思い切り笑って、喜んで楽しむ。これだけでも、恋人らしくなれたらそれでいい。
「はあっ。れな、もうそろそろ帰ろう」
「あ、うん」
スマホの画面は午後十九時。
もう空も暗くなって、早く帰らないと家族が心配する。
急いで走って帰るのも悪くないけれど、今日からはゆっくり帰りたい。
家に帰ってしまったら、朝までりなと離れてしまうから。
「れな、今日はありがとう」
満面の笑みでわたしを抱きしめるりな。
それが本当にわたしは嬉しくて、わたしも笑顔でお礼を言う。
「うん、わたしもありがとう。今日はすごく楽しかったよ。また二人で行こう」
「・・・そうだね。また、行けたらいいね」
「りな?」
突然声のトーンが暗く落ち込んだように感じたわたしがりなの名前を呼んだけれど、抱きしめた腕を離したりなの顔は嘘の笑みをしている。
「りな? 大丈夫?」
「うん。あっ、早く帰らないと」
なにも急ぐ必要もないのに、りなは一人で走り出し、わたしも急いでそのあとを走って「おやすみ」を言わずに、それぞれ家に帰って行った。
第三話
好きの意味
朝になって、制服に着替えて家を出たら、りなが美しく微笑みながら待っていた。
「りな! えっ、いつからいたの?」
「ちょうど今だけど」
昨日の嘘の笑みは見せずに、今日は心から笑っているように見えたわたしは、少しずつ歩きながらりなの隣に立ち、明るく笑う。
「そっか。じゃあ、行こう」
「うん!」
昨日と同じように二人仲良く学校に行って教室に入ったわたしたち。すると、中学校から仲のいいりくとゆうかが軽く手を上げて話しかけてきた。
「よっ。お前ら昨日から恋人繋ぎして、なんか楽しそうだな」
癖毛が強い金髪に桃色の瞳を持つ陽気で明るいりくはわたしたちの頼りになる男友達。
面白いことばかり言って、授業中に先生によく怒られてしまうけれど、わたしは楽しくて友達として結構好き。
それはりなも同じ。
「全く、りくは陽気すぎて目立つから、もう手を下げてよ。恥ずかしい」
天然パーマの黒髪に黄色の瞳を持つ学年一位のモテ男ゆうかはわたしたちを自然と笑顔にする優しい友達。
そんなゆうかにわたしたちはいつも助けられてばかりいる。
「りく、ゆうか。おはよう」
クールにかっこよく笑いながら二人に挨拶をするりな。
わたしも続いて二人の目の前に立って、明るく笑う。
「おはよう。二人とも本当に仲がいいね」
何気なく言ったはずのわたしの言葉が、りなにはなぜか嫌な気持ちにさせてしまったみたいで、握っている手を力強く離された。
「りな? どうし」
「わたし、やっぱりもうれなとは会いたくない」
「えっ?」
「わたしたち、もう別れよう」
そう言って、りなはそのまま教室から出て行った。
「りな・・・」
わたし、なにか間違ったこと言ったかな?
ただりくとゆうかの仲の良さに憧れて軽く言っただけなのに、理由が分からないまま、授業が始まり、昼休みになって、放課後になった。
「おい、れな。りなの奴どうしたんだよ?」
「・・・・・・」
「なんかあったのか?」
「・・・・・・」
「おーい」
「・・・どうして」
ずっと窓の外をじっと見つめてばかりいたわたしに声をかけたりくに、わたしはやっと言葉が出てきて同時に涙が溢れる。
「う、ふう。どうして、りなはわたしのことが好きなのに、わたしも恋人になってすごく幸せだったのに、どうしてりなはわたしから離れるの? もう、どうすればい」
「そんなの、仲直りすればいい話だよ」
「え?」
すっと音も立てずに静かに後ろから現れたゆうかが久しぶりにわたしの頭を撫でた。
「れな、君は、君たちはぼくたち以上に仲がいいよ。まあ、幼なじみで小さい頃からずっと一緒にいたから、些細なことでもすぐに傷ついてしまうんだよ、きっと」
「ゆうか・・・」
ゆうかは一度もわたしに嘘はついたことないし、冗談も言ったことがない。だからゆうかが言った言葉を信じて、わたしはりなと仲直りする勇気を涙を手で拭って、りくとゆうかに手を振る。
「りく、ゆうか。ありがとう。りなとちゃんと話して仲直りする!」
「おう。応援してるぜ」
「明日楽しみに待ってるよ」
「うん」
りくとゆうかも大きく手を振って、わたしは安心して走って学校から出てりなの家の前に行くと、りなが黒マスクをつけた知らない男とキスをしていた。
「え・・・りな」
ショックでカバンを落としてしまったわたしに気づいたりな。
「れな、ごめんね」
その顔は嬉しそうに笑っていて、もうそれは嫉妬とか憎しみとかじゃない。
ただ純粋に、恋人のりながわたしを捨てたことが、悲しくて悔しかった・・・。
第四話
もう嫌だ
昨日、あの後、わたしはりなと黒マスクをつけた知らない男を無視して家に帰り、一睡もしないまま学校に来てしまった。
「あああっ」
悲しい、悔しい。
もう、りなの考えてることが全く分からないし、分かりたくもない。
せっかく恋人になって、またずっと二人でいられると喜んでいたわたしの気持ちを今すぐ返して欲しい・・・。
「はああっ」
「れな、失敗したんだね」
そっとわたしの髪を撫でながら優しく笑って慰めるゆうかを、わたしは首を横に振る。
「ごめんなさい。わたし、りなと仲直りできなかった」
暗く床を見つめるわたしに、ゆうかが手を握って立たせた。
「れな、謝らないでよ。それより、目の下、クマだけじゃなくて涙の跡が強く残ってる。なにかあったの?」
握られた手の感触が温かくて、また涙が溢れそうな時、りながわたしの目の前に泣きながら現れた。
「りな! え、どうしたの・・・ううん、わたしたち別れたんだから会うひ」
「違うの! わたしは、そんなつもりで言ったわけじゃないの!」
「えっ、どういうこと?」
昨日黒マスクをつけた知らない男とキスをしておいて、わたしに構って欲しいなんて、どうかしてるよ。
りなの泣き顔をわたしは見ないふりをし、ゆうかと何気なく屋上に行ったら、そこには昨日の黒マスクをつけた知らない男がいた!
「あの人は昨日の。どうしてここに」
「れな、落ち着いて。よく見て、あいつはりくだよ」
「え? なにを言って、あ」
黒マスクをつけた男がマスクを取ると、それは完全にりくで、昨日わたしが見たのはただの偶然にすぎなかった。
「あああっ、そんな・・・わたし、間違えるなんて、恥ずかし」
「恥ずかしくない。れなはいつでも可愛くて大好き」
後ろからわたしを抱きしめてきたりな。
その声のトーンは真剣で、絶対に嘘じゃない。
でも。
「りな、わたし、りなが好きだよ。恋人として」
「れな、嬉し」
「でも、わたしと会いたくないとか、別れるとか。どうしてそんなひどいことを言えるのか教えて。もう、わたしはりなになにもできないよ」
「あっ」
暗く俯いたわたしを、りなは一度離れて次は正面から抱きしめた。
「違う。わたしは、れなのことが大好きすぎて、可愛すぎて。出会った時からそう思いすぎて、わたしは自分の気持ちをれなに押し付けたくなくて。だから、素直で可愛いれなと一緒にいるのにふさわしくないと思ったの」
「えっ」
顔を上げた瞬間、りなはわたしの頬にキスをして、それを見たりくとゆうかは心から嬉しそうに笑った。
「あっはは! やっぱり二人は最高に仲がいいな」
「そうだよ。二人が一緒にいるから、ぼくたちも安心してこれからも一緒にいられるよ」
「りく、ゆうか・・・」
わたしたちが付き合ってること、こんなに笑って喜んでくれるなんてすごく幸せだよ。
「えっへへ、ありがとう!」
わたしの満面の笑みを見たりなも、美しく微笑んで楽しそう。
「れな、わたしと付き合ってくれてありがとう」
「うん、わたしもありがとう。でも、昨日りくとなにをしてたの?」
わたしが真剣に首を傾げると、りなは素直にわたしの目をはっきり見て答える。
「実は昨日、教室にコンタクトを忘れちゃって、急いで学校に行こうとしたら、家の外にりくがわざわざ届けに来てくれて。だけど、あの時、かけていたメガネを落として拾って顔を上げた瞬間に、れなに見られてしまったの。ごめんね、誤解させて」
丁寧に一個一個説明してくれたりなに、わたしもお返しにりなの頬にキスをし、明るく笑った。
「ううん、もう気にしてないから。りくもゆうかも、わたしたちを助けてくれてありがとう」
「おう。またなにか悩みがあったらいつでも聞くからな」
「ぼくも色々とサポートするよ」
「ありがとう!」
自慢の恋人と優しくて頼りになる友達がいる幸せ。
今日で高校生活も終わり。
明日は卒業式で甘酸っぱい青春も終わる。
だけど、たった四日間で、わたしの人生はさらにキラキラと輝いていく。
第五話
卒業と大人
今日は卒業式。
まさか卒業式の前にりなと恋人になるなんて全く思っていなかったけれど、明日もこれからも、わたしたちはずっと二人でいる。
今日高校を卒業したら、わたしは大人になって、自分の人生を歩んでいく。
不安とか、怖いとか。
そんな気持ちは誰だってあるはず。
わたし一人じゃない。りなとずっと二人で生きていける幸せが今日から始まる。
「卒業、おめでとうございます」
担任の先生が大粒の涙を流しながら祝福してくれたのが、わたしにとって、とても嬉しい。
もう制服を着るのは今日で最後。
毎日学校に行って、クラスメイトと先生の授業を聞くのもわたしの人生では最後。
高校生って本当に不思議だ。
わたしが思っていた高校生は綺麗で楽しそうで。早くなりたかったのに、いざ自分がそうなると、全く違って、逆になってしまえばそんなことは全く感じなかった。
行事もたくさんあった。
体育祭、文化祭、合唱、修学旅行。
どれもりなと過ごせたから、嬉しくて、楽しかった。
だから、今日卒業してしまうのは本当に寂しい。
あと一年この学校にいられたら、あと一年高校生でいられたら・・・それだけでまた幸せが増えていくのに、時間は勝手に動き続ける。
「卒業って、こんなに寂しいものだったんだね」
自然とそう一人呟いたわたしは、自然と溢れた涙でそう実感し、目の前にあるわたしの名前が書かれた卒業証書が入っている筒をこの胸の中で強く抱きしめた。
「う、ふう。どう、して、高校生って、こんなに早く卒業するの? あと一年だけでいいから一年前に戻りたい・・・」
わたしがすごく寂しくて泣いていると、りなが優しく抱きしめてくれた。
「りな」
「れな、卒業はいつかするんだから。一年前に戻っても、必ず今みたいに泣いてしまう」
「はっ」
わたしの涙を丁寧にハンカチで拭ったりなも、わたしと同じように涙を流している。
「ふっ、く。わたし、卒業前にれなと恋人になれて、ずっとこれからも二人でいられることを知って、嬉しい」
「あっ」
りなはわたしと違って喜んでいる。
わたしと恋人になって、ずっと二人でいられる幸せをわたし以上に喜んでいる。
だったら、わたしもちゃんと喜んで、笑顔で学校を出よう。
りなの手を握って、わたしは満面の笑みで二人で
「卒業おめでとう!」
と、黒板に大きく書かれた文字を忘れずに教室を出て校門の前に行くと、りくとゆうかが笑顔で待っていた。
「おーい、今から食べに行こうぜ」
「卒業のお祝いに行こうよ」
わたしたちだけじゃない。
りくとゆうかも大人になっても一緒にいてくれる。
ずっと二人でいたい。
そう思っていたわたしだけど、恋人のりなと、友達のりくとゆうか。
「うん、行こう!」
「楽しみ!」
高校を卒業して、明日からどんな大人になるのか。
それは今日のわたしには分からない。
でも、明日のわたしは知っている。
そんな顔しないで
わたしたちは、小さい頃から二人一緒にいた。
保育園も、小学校も、中学校も、そして高校もずっと一緒。
家が隣同士で、なにかあればすぐにお互い頼り合って、そばにいた。
だから高校を卒業した後も、大人になってもずっと二人でいたいと思っていたのに、彼女は放課後、わたしを屋上に呼び出してこう言った。
「もうあなたとは会いたくない」
卒業式の四日前にその言葉を聞いたわたしは、衝撃と戸惑いでそのまま倒れて、目が覚めた時には保健室のベッドにいた。
「・・・あれ、誰がわたしをここに?」
目を軽く擦りながら起きたら、その様子をじっと心配して手を握っていたあの彼女がいた。
「れな! ごめんね、ごめんね」
「・・・あっ」
さっきは
「もうあなたとは会いたくない」
と言っていたのに、今までとは変わらずにわたしを抱きしめた。
わたしの名前はれな。紺色の肩まで細く短い髪に海のように綺麗な青色の瞳を持つ不思議で可愛らしい女の子。
「大丈夫だよ。謝らないで」
満面の笑みで笑ったわたしを見た彼女。
名前はりな。水色のショートボブに同じ水色の瞳を持つクールで大人っぽいわたしの自慢の幼なじみ。
だけど、どうしてりながわたしと会いたくなくなったのか。
その理由が全く分からない。
嫌いになったのなら、はっきりそう言えばよかったのに、どうしてまだわたしを抱きしめるのか。
その理由がすごく気になったわたしは、抱きしめられている腕を離して、真剣な眼差しをりなに向ける。
「ねえ、りな」
「なに?」
わたしが不思議に首を傾げるりなの頬にそっと触れる。
「わたしのどこを嫌いになったの?」
ただ理由が聞きたくて質問されたりなはその一瞬で涙を流す。
「えっ、りな?」
わたしの真剣さがりなの心に強く刺さりすぎたのかは分からないけれど、それでもわたしは、その涙をハンカチで拭いながらもう一度聞く。
「りな、わたしのどこがき」
「違う! 違うの!」
「えっ」
拭われたわたしのハンカチを思い切り床に落として否定し始めたりな。
その姿を見て、わたしはもうなにをすればいいのか分からない。
しかし、次の瞬間、りなは予想外の言葉を口にする。
「わたしは、れなを嫌いになったことはないの。むしろ、好き、大好き! だからもう会いたくない」
「え・・・」
わたしのことが好き?
だったら逆に会わないと、嫌なはずだよ。
幼なじみだから、自然と好きになるのはおかしくない。
その言葉はとっても嬉しいのに、りなの涙は止まらない。
「りな」
「ごめんね、ごめんね。わたし、りなを幼なじみとか、友達とか思ったことは一度もないの」
「え、それってどういう意味?」
りなは今まで、わたしのことをなんだと思っていたのか。
頭の中がごちゃごちゃになったわたしは、今度は手でりなの涙を拭おうとしたら、りなに一瞬でそれを力強くパシッと拒まれて、もうりなから目を逸らした。
「・・・・・・」
「れな、わたしは恋愛の意味でれなを好きになったの」
「あっ」
その言葉を聞いて、わたしはもう一度りなと目を合わせると、りなは美しく微笑んでそれは嘘には全く見えない。
でも、なんとなく分かった気がする。
ずっと二人でいてきて、りなはわたしと手をつなぐ時も、抱きしめ合う時も。いつも嬉しそうに、幸せそうに笑っていて、わたしもその顔を見る度に幸せになる。
だから、ずっと二人でいるためにはこれしかない。
「分かった」
「え」
「じゃあ、付き合っちゃおう」
幼なじみとか、友達とか。
りなが嫌ならもうやめる。
だって、わたしは、りなといるためにこの世界に生まれてきたんだから。
第二話
恋人になった二人
「じゃあ、付き合っちゃおう」
と言った、昨日にわたしに、今日のわたしは喜んでいる。
生まれてから一度も彼氏ができたことないのに、昨日りなは最高に幸せそうに笑った。
『うん! 嬉しい、ありがとう!』
大人っぽいとクラスメイトから噂されて何度も男子から告白されていたりな。
けれど、毎回それを断って、毎回わたしに頼って。男子はよくわたしのせいでりなが断っていると、毎回毎回噂されて困っている。
でも、それは今日からもう二度と起こらない。
なぜなら、わたしがりなと付き合っているから。
「えっへへ」
今まで以上に学校に行くのは楽しい。
りなと恋人繋ぎを堂々と外で、学校で、教室でする。周りがわたしたちを不思議に見ていても、わたしは全く気にしない。
どんな形でも、りなとずっと二人でいられるなら、恋人だってありなはず。
「えっへへ、楽しいね。りな」
満面の笑みを見せるわたしに、りなも同じように笑って頭を撫でる。
「そうだね。でも、いいの?」
「なにが?」
「わたしと本当に恋人になって」
その寂しそうな言葉と姿が、わたしの心に強く寒く突き刺さったけれど、わたしはそれを温めるように、教室の中で堂々と抱きしめた。
「れな」
「わたしはりなとずっと二人でいられるなら恋人に、喜んでなれる。それじゃダメ?」
瞳を大きく揺らして首を傾げるわたしを、りなは首を横に振った。
「ううん、ダメじゃない。むしろ、嬉しい」
クールにかっこよく笑うりなに、わたしは教室の時計を見ると、午後十六時でもう帰っていい時間。
周りも少しずつ教室から出て行き、わたしもカバンを持ち、りなにある提案をする。
「ねえ、りな。今からデートしよう」
「えっ」
高校生活はあと三日で終わる。
わたしは一度、あることをしてみたいと思っていた。
それは、学校帰りのデート。
高校生なら普通にしている人も多いし、別に悪いことじゃないからしてみたい。そう思って、わたしが瞳をキラキラと輝かせたら、りなもとっても嬉しそうに大きく頷いて笑った。
「うん! 行こう、今すぐ行こう!」
小さい頃と同じような可愛らしく元気な笑顔を見せるりな。今までもずっと二人でいたのに恋人になったら、こんなにも人生が変わる。
りなの笑顔が、わたしの人生を一瞬でキラキラと輝かせた。
「れな、次はあそこに行こう」
「うん、いいよ」
学校から約八分歩いたところにある街にきたわたしたちは色々なお店を回っている。
小物や雑貨、カフェに映画。
時間なんか全く気にせず、わたしはりなが行きたいところについて行って、お揃いの物を買って楽しむ。
今までだったら、一つのお店だけ行って、欲しい物をそれぞれ買って、大好きなロールケーキを買って帰っていた。
でも、今日は違う。
今日は、これからは恋人として二人だけの時間を思い切り笑って、喜んで楽しむ。これだけでも、恋人らしくなれたらそれでいい。
「はあっ。れな、もうそろそろ帰ろう」
「あ、うん」
スマホの画面は午後十九時。
もう空も暗くなって、早く帰らないと家族が心配する。
急いで走って帰るのも悪くないけれど、今日からはゆっくり帰りたい。
家に帰ってしまったら、朝までりなと離れてしまうから。
「れな、今日はありがとう」
満面の笑みでわたしを抱きしめるりな。
それが本当にわたしは嬉しくて、わたしも笑顔でお礼を言う。
「うん、わたしもありがとう。今日はすごく楽しかったよ。また二人で行こう」
「・・・そうだね。また、行けたらいいね」
「りな?」
突然声のトーンが暗く落ち込んだように感じたわたしがりなの名前を呼んだけれど、抱きしめた腕を離したりなの顔は嘘の笑みをしている。
「りな? 大丈夫?」
「うん。あっ、早く帰らないと」
なにも急ぐ必要もないのに、りなは一人で走り出し、わたしも急いでそのあとを走って「おやすみ」を言わずに、それぞれ家に帰って行った。
第三話
好きの意味
朝になって、制服に着替えて家を出たら、りなが美しく微笑みながら待っていた。
「りな! えっ、いつからいたの?」
「ちょうど今だけど」
昨日の嘘の笑みは見せずに、今日は心から笑っているように見えたわたしは、少しずつ歩きながらりなの隣に立ち、明るく笑う。
「そっか。じゃあ、行こう」
「うん!」
昨日と同じように二人仲良く学校に行って教室に入ったわたしたち。すると、中学校から仲のいいりくとゆうかが軽く手を上げて話しかけてきた。
「よっ。お前ら昨日から恋人繋ぎして、なんか楽しそうだな」
癖毛が強い金髪に桃色の瞳を持つ陽気で明るいりくはわたしたちの頼りになる男友達。
面白いことばかり言って、授業中に先生によく怒られてしまうけれど、わたしは楽しくて友達として結構好き。
それはりなも同じ。
「全く、りくは陽気すぎて目立つから、もう手を下げてよ。恥ずかしい」
天然パーマの黒髪に黄色の瞳を持つ学年一位のモテ男ゆうかはわたしたちを自然と笑顔にする優しい友達。
そんなゆうかにわたしたちはいつも助けられてばかりいる。
「りく、ゆうか。おはよう」
クールにかっこよく笑いながら二人に挨拶をするりな。
わたしも続いて二人の目の前に立って、明るく笑う。
「おはよう。二人とも本当に仲がいいね」
何気なく言ったはずのわたしの言葉が、りなにはなぜか嫌な気持ちにさせてしまったみたいで、握っている手を力強く離された。
「りな? どうし」
「わたし、やっぱりもうれなとは会いたくない」
「えっ?」
「わたしたち、もう別れよう」
そう言って、りなはそのまま教室から出て行った。
「りな・・・」
わたし、なにか間違ったこと言ったかな?
ただりくとゆうかの仲の良さに憧れて軽く言っただけなのに、理由が分からないまま、授業が始まり、昼休みになって、放課後になった。
「おい、れな。りなの奴どうしたんだよ?」
「・・・・・・」
「なんかあったのか?」
「・・・・・・」
「おーい」
「・・・どうして」
ずっと窓の外をじっと見つめてばかりいたわたしに声をかけたりくに、わたしはやっと言葉が出てきて同時に涙が溢れる。
「う、ふう。どうして、りなはわたしのことが好きなのに、わたしも恋人になってすごく幸せだったのに、どうしてりなはわたしから離れるの? もう、どうすればい」
「そんなの、仲直りすればいい話だよ」
「え?」
すっと音も立てずに静かに後ろから現れたゆうかが久しぶりにわたしの頭を撫でた。
「れな、君は、君たちはぼくたち以上に仲がいいよ。まあ、幼なじみで小さい頃からずっと一緒にいたから、些細なことでもすぐに傷ついてしまうんだよ、きっと」
「ゆうか・・・」
ゆうかは一度もわたしに嘘はついたことないし、冗談も言ったことがない。だからゆうかが言った言葉を信じて、わたしはりなと仲直りする勇気を涙を手で拭って、りくとゆうかに手を振る。
「りく、ゆうか。ありがとう。りなとちゃんと話して仲直りする!」
「おう。応援してるぜ」
「明日楽しみに待ってるよ」
「うん」
りくとゆうかも大きく手を振って、わたしは安心して走って学校から出てりなの家の前に行くと、りなが黒マスクをつけた知らない男とキスをしていた。
「え・・・りな」
ショックでカバンを落としてしまったわたしに気づいたりな。
「れな、ごめんね」
その顔は嬉しそうに笑っていて、もうそれは嫉妬とか憎しみとかじゃない。
ただ純粋に、恋人のりながわたしを捨てたことが、悲しくて悔しかった・・・。
第四話
もう嫌だ
昨日、あの後、わたしはりなと黒マスクをつけた知らない男を無視して家に帰り、一睡もしないまま学校に来てしまった。
「あああっ」
悲しい、悔しい。
もう、りなの考えてることが全く分からないし、分かりたくもない。
せっかく恋人になって、またずっと二人でいられると喜んでいたわたしの気持ちを今すぐ返して欲しい・・・。
「はああっ」
「れな、失敗したんだね」
そっとわたしの髪を撫でながら優しく笑って慰めるゆうかを、わたしは首を横に振る。
「ごめんなさい。わたし、りなと仲直りできなかった」
暗く床を見つめるわたしに、ゆうかが手を握って立たせた。
「れな、謝らないでよ。それより、目の下、クマだけじゃなくて涙の跡が強く残ってる。なにかあったの?」
握られた手の感触が温かくて、また涙が溢れそうな時、りながわたしの目の前に泣きながら現れた。
「りな! え、どうしたの・・・ううん、わたしたち別れたんだから会うひ」
「違うの! わたしは、そんなつもりで言ったわけじゃないの!」
「えっ、どういうこと?」
昨日黒マスクをつけた知らない男とキスをしておいて、わたしに構って欲しいなんて、どうかしてるよ。
りなの泣き顔をわたしは見ないふりをし、ゆうかと何気なく屋上に行ったら、そこには昨日の黒マスクをつけた知らない男がいた!
「あの人は昨日の。どうしてここに」
「れな、落ち着いて。よく見て、あいつはりくだよ」
「え? なにを言って、あ」
黒マスクをつけた男がマスクを取ると、それは完全にりくで、昨日わたしが見たのはただの偶然にすぎなかった。
「あああっ、そんな・・・わたし、間違えるなんて、恥ずかし」
「恥ずかしくない。れなはいつでも可愛くて大好き」
後ろからわたしを抱きしめてきたりな。
その声のトーンは真剣で、絶対に嘘じゃない。
でも。
「りな、わたし、りなが好きだよ。恋人として」
「れな、嬉し」
「でも、わたしと会いたくないとか、別れるとか。どうしてそんなひどいことを言えるのか教えて。もう、わたしはりなになにもできないよ」
「あっ」
暗く俯いたわたしを、りなは一度離れて次は正面から抱きしめた。
「違う。わたしは、れなのことが大好きすぎて、可愛すぎて。出会った時からそう思いすぎて、わたしは自分の気持ちをれなに押し付けたくなくて。だから、素直で可愛いれなと一緒にいるのにふさわしくないと思ったの」
「えっ」
顔を上げた瞬間、りなはわたしの頬にキスをして、それを見たりくとゆうかは心から嬉しそうに笑った。
「あっはは! やっぱり二人は最高に仲がいいな」
「そうだよ。二人が一緒にいるから、ぼくたちも安心してこれからも一緒にいられるよ」
「りく、ゆうか・・・」
わたしたちが付き合ってること、こんなに笑って喜んでくれるなんてすごく幸せだよ。
「えっへへ、ありがとう!」
わたしの満面の笑みを見たりなも、美しく微笑んで楽しそう。
「れな、わたしと付き合ってくれてありがとう」
「うん、わたしもありがとう。でも、昨日りくとなにをしてたの?」
わたしが真剣に首を傾げると、りなは素直にわたしの目をはっきり見て答える。
「実は昨日、教室にコンタクトを忘れちゃって、急いで学校に行こうとしたら、家の外にりくがわざわざ届けに来てくれて。だけど、あの時、かけていたメガネを落として拾って顔を上げた瞬間に、れなに見られてしまったの。ごめんね、誤解させて」
丁寧に一個一個説明してくれたりなに、わたしもお返しにりなの頬にキスをし、明るく笑った。
「ううん、もう気にしてないから。りくもゆうかも、わたしたちを助けてくれてありがとう」
「おう。またなにか悩みがあったらいつでも聞くからな」
「ぼくも色々とサポートするよ」
「ありがとう!」
自慢の恋人と優しくて頼りになる友達がいる幸せ。
今日で高校生活も終わり。
明日は卒業式で甘酸っぱい青春も終わる。
だけど、たった四日間で、わたしの人生はさらにキラキラと輝いていく。
第五話
卒業と大人
今日は卒業式。
まさか卒業式の前にりなと恋人になるなんて全く思っていなかったけれど、明日もこれからも、わたしたちはずっと二人でいる。
今日高校を卒業したら、わたしは大人になって、自分の人生を歩んでいく。
不安とか、怖いとか。
そんな気持ちは誰だってあるはず。
わたし一人じゃない。りなとずっと二人で生きていける幸せが今日から始まる。
「卒業、おめでとうございます」
担任の先生が大粒の涙を流しながら祝福してくれたのが、わたしにとって、とても嬉しい。
もう制服を着るのは今日で最後。
毎日学校に行って、クラスメイトと先生の授業を聞くのもわたしの人生では最後。
高校生って本当に不思議だ。
わたしが思っていた高校生は綺麗で楽しそうで。早くなりたかったのに、いざ自分がそうなると、全く違って、逆になってしまえばそんなことは全く感じなかった。
行事もたくさんあった。
体育祭、文化祭、合唱、修学旅行。
どれもりなと過ごせたから、嬉しくて、楽しかった。
だから、今日卒業してしまうのは本当に寂しい。
あと一年この学校にいられたら、あと一年高校生でいられたら・・・それだけでまた幸せが増えていくのに、時間は勝手に動き続ける。
「卒業って、こんなに寂しいものだったんだね」
自然とそう一人呟いたわたしは、自然と溢れた涙でそう実感し、目の前にあるわたしの名前が書かれた卒業証書が入っている筒をこの胸の中で強く抱きしめた。
「う、ふう。どう、して、高校生って、こんなに早く卒業するの? あと一年だけでいいから一年前に戻りたい・・・」
わたしがすごく寂しくて泣いていると、りなが優しく抱きしめてくれた。
「りな」
「れな、卒業はいつかするんだから。一年前に戻っても、必ず今みたいに泣いてしまう」
「はっ」
わたしの涙を丁寧にハンカチで拭ったりなも、わたしと同じように涙を流している。
「ふっ、く。わたし、卒業前にれなと恋人になれて、ずっとこれからも二人でいられることを知って、嬉しい」
「あっ」
りなはわたしと違って喜んでいる。
わたしと恋人になって、ずっと二人でいられる幸せをわたし以上に喜んでいる。
だったら、わたしもちゃんと喜んで、笑顔で学校を出よう。
りなの手を握って、わたしは満面の笑みで二人で
「卒業おめでとう!」
と、黒板に大きく書かれた文字を忘れずに教室を出て校門の前に行くと、りくとゆうかが笑顔で待っていた。
「おーい、今から食べに行こうぜ」
「卒業のお祝いに行こうよ」
わたしたちだけじゃない。
りくとゆうかも大人になっても一緒にいてくれる。
ずっと二人でいたい。
そう思っていたわたしだけど、恋人のりなと、友達のりくとゆうか。
「うん、行こう!」
「楽しみ!」
高校を卒業して、明日からどんな大人になるのか。
それは今日のわたしには分からない。
でも、明日のわたしは知っている。