中学では部活に入っていなかったけど、高校生では写真部に入ることにした。部員に三年生はおらず、二年が三人、一年は私を含めて四人。
写真やカメラに興味はなかった。ならどうして部活動入部が必須でもないのに入部したかというと、家に帰らなくてもいい都合を作るためだった。あそこにいると嫌なことを思い出す。お父さんは仕事に行っているけど、なるべく居たくはなかった。
「好きなものを撮ってきてください」
入部して最初の活動で、部長は新入部員にそう言った。黒縁の眼鏡をかけた、あまりぱっとしない人だというのが第一印象だった。おまけに表情もほとんど変わらず、無愛想だった。こんな人が部長なのかと驚く反面、私には合っているかもしれないと感じた。
私は校舎の外に出た。なんとなく電線にとまっていた雀にカメラを向け、一枚撮った。きれいに写っているけれど、何か違う。もっと鮮やかなものが撮りたい。そう思って今度は羽ばたいている雀を撮ったけれど、なかなか思うように撮ることができなかった。
しばらく試行錯誤していると、部長がやってきて良いのが撮れたかと訊いた。私はいまいち納得のいくものが撮れないと答え、撮った写真を見せた。
「鳥が飛んでいるのを撮りたいんですけど、なかなか上手くいかなくて」
「何度もトライする姿勢は大切だよ。けど、止まっている画だって決して悪くないんじゃないかな。当たり前だけど、人間っていうのは大抵その物が特別輝いている瞬間に目がいってしまう。トビウオだったら海上を飛び跳ねている姿を思い浮かべる。でも実際は、水中を泳いでいる時間のほうが圧倒的に多い。月だったら夜空で輝いているのを思い浮かべる。でも昼間だって月は空に存在している。鳥だって同じだ。空を飛んでいる姿を撮りたいと君は言ったけど、この写真のように地に足をつけている時だってある。特別じゃない時だってそれらは生きているし、そこに存在しているんだ。そういう何でもない普通を写真に収めるのもありなんじゃないかって、俺は思うよ」
なるほど確かにそうだと思った。特別である瞬間に固執することはない。そうじゃない時も、存在している。
一度話をしただけなのに、私はすっかり部長の言葉に魅了されていた。その無愛想な顔から放たれる、似つかわしくないほど優しい言葉がそれから私は、部活の度に彼と話すようになった。
「僕らはSFの中で生きているんだ。宇宙や地球の起源どころか、自分自身のことすらろくにわかっていない。その道を極めた学者は突き止めようとでもするのかもしれないけど、でも大抵の人間はそんなことになんて興味がない。それなのに、生きている。不思議だよ」
彼の考えが、私は好きだった。彼は外の世界に興味がないわけじゃなく、自分の世界がしっかりと構築されていて、その中で生きている人なんだって思った。
「どれが現実で、どれが虚像で、誰が偉くて、誰が醜くて、何が正しくて、何が間違っているかなんて、本当は何一つわからないはずなんだ。結局それらを作り出したのは国であり、法であり、社会であり、宗教であり、俺達人間なんだから。この世界も、俺達のエゴが作り出した空間なんだ」
この人はただ優しいわけなんじゃない。底知れないほどの悲観と諦観の上で、それでも人に慈悲をかけるような、そんな感じがした。
私は、自分でも気が付かないうちに、みるみる部長に惹かれていった。彼の話を聞くほど想いは強くなった。この人なら、私のことを理解してくれるんじゃないか。そんなことを本気で思った。
一年の冬。部長が卒業してしまう前に、想いを伝えようと思った。
部活終わりに、部長に話があると伝え、そして告白した。初めてだった。
結果は、駄目だった。
どうして振られたのかは、いまいちよく憶えていない。話を聞いていられるほど頭が回っていなかった。
部長が部室を去った後、一人残された私に、悠成が声をかけてきた。告白する姿を見られたらしかった。恥ずかしいとも思わなかった。そんなこと考えている余裕なんてなかった。
「僕が慰めてあげる」
前に、他の女子生徒にも似たような言葉をかけていたのを思い出した。くだらないと思っていたが、この時ばかりは私もどうかしていた。傷だらけの身体を癒やしてくれる存在を欲していた。
だから私は、彼の甘い言葉に踊らされ、彼に抱かれた。
もう、どうでもよかった。ただ、こんな奴のために処女を捨ててしまった自分が、少しだけ許せなかった。
写真やカメラに興味はなかった。ならどうして部活動入部が必須でもないのに入部したかというと、家に帰らなくてもいい都合を作るためだった。あそこにいると嫌なことを思い出す。お父さんは仕事に行っているけど、なるべく居たくはなかった。
「好きなものを撮ってきてください」
入部して最初の活動で、部長は新入部員にそう言った。黒縁の眼鏡をかけた、あまりぱっとしない人だというのが第一印象だった。おまけに表情もほとんど変わらず、無愛想だった。こんな人が部長なのかと驚く反面、私には合っているかもしれないと感じた。
私は校舎の外に出た。なんとなく電線にとまっていた雀にカメラを向け、一枚撮った。きれいに写っているけれど、何か違う。もっと鮮やかなものが撮りたい。そう思って今度は羽ばたいている雀を撮ったけれど、なかなか思うように撮ることができなかった。
しばらく試行錯誤していると、部長がやってきて良いのが撮れたかと訊いた。私はいまいち納得のいくものが撮れないと答え、撮った写真を見せた。
「鳥が飛んでいるのを撮りたいんですけど、なかなか上手くいかなくて」
「何度もトライする姿勢は大切だよ。けど、止まっている画だって決して悪くないんじゃないかな。当たり前だけど、人間っていうのは大抵その物が特別輝いている瞬間に目がいってしまう。トビウオだったら海上を飛び跳ねている姿を思い浮かべる。でも実際は、水中を泳いでいる時間のほうが圧倒的に多い。月だったら夜空で輝いているのを思い浮かべる。でも昼間だって月は空に存在している。鳥だって同じだ。空を飛んでいる姿を撮りたいと君は言ったけど、この写真のように地に足をつけている時だってある。特別じゃない時だってそれらは生きているし、そこに存在しているんだ。そういう何でもない普通を写真に収めるのもありなんじゃないかって、俺は思うよ」
なるほど確かにそうだと思った。特別である瞬間に固執することはない。そうじゃない時も、存在している。
一度話をしただけなのに、私はすっかり部長の言葉に魅了されていた。その無愛想な顔から放たれる、似つかわしくないほど優しい言葉がそれから私は、部活の度に彼と話すようになった。
「僕らはSFの中で生きているんだ。宇宙や地球の起源どころか、自分自身のことすらろくにわかっていない。その道を極めた学者は突き止めようとでもするのかもしれないけど、でも大抵の人間はそんなことになんて興味がない。それなのに、生きている。不思議だよ」
彼の考えが、私は好きだった。彼は外の世界に興味がないわけじゃなく、自分の世界がしっかりと構築されていて、その中で生きている人なんだって思った。
「どれが現実で、どれが虚像で、誰が偉くて、誰が醜くて、何が正しくて、何が間違っているかなんて、本当は何一つわからないはずなんだ。結局それらを作り出したのは国であり、法であり、社会であり、宗教であり、俺達人間なんだから。この世界も、俺達のエゴが作り出した空間なんだ」
この人はただ優しいわけなんじゃない。底知れないほどの悲観と諦観の上で、それでも人に慈悲をかけるような、そんな感じがした。
私は、自分でも気が付かないうちに、みるみる部長に惹かれていった。彼の話を聞くほど想いは強くなった。この人なら、私のことを理解してくれるんじゃないか。そんなことを本気で思った。
一年の冬。部長が卒業してしまう前に、想いを伝えようと思った。
部活終わりに、部長に話があると伝え、そして告白した。初めてだった。
結果は、駄目だった。
どうして振られたのかは、いまいちよく憶えていない。話を聞いていられるほど頭が回っていなかった。
部長が部室を去った後、一人残された私に、悠成が声をかけてきた。告白する姿を見られたらしかった。恥ずかしいとも思わなかった。そんなこと考えている余裕なんてなかった。
「僕が慰めてあげる」
前に、他の女子生徒にも似たような言葉をかけていたのを思い出した。くだらないと思っていたが、この時ばかりは私もどうかしていた。傷だらけの身体を癒やしてくれる存在を欲していた。
だから私は、彼の甘い言葉に踊らされ、彼に抱かれた。
もう、どうでもよかった。ただ、こんな奴のために処女を捨ててしまった自分が、少しだけ許せなかった。