『早川名人さん、天元、十段に続いて本因坊位まで獲得してしまうwwwwww』

1:名無しの碁打ちさん
 早川九段の獲得タイトル一覧
 女流棋聖、女流名人、女流立葵杯、女流本因坊、名人、天元、十段、扇興杯、本因坊←New!

 どうすんの、これ

2:名無しの碁打ちさん
 バケモン過ぎて草

3:名無しの碁打ちさん
 >>1
 新人王戦も追加で

6:名無しの碁打ちさん
 これのどこが早碁女王だよ

10:名無しの碁打ちさん
 >>6
 むしろ竜星戦も阿含桐山杯もNHK杯も優勝は逃してるからな

23:名無しの碁打ちさん
 それでも年間勝率8割超えはやば過ぎる

25:名無しの碁打ちさん
 >>23
 女流棋戦でほぼ無敗なだけだから・・・(震え声)

30:名無しの碁打ちさん
 >>25
 ヤバさが増した件について

44:名無しの碁打ちさん
 これだけ強けりゃ国内には敵なしだよな
 やっぱ噂通り韓国棋院に移籍するのかな

56:名無しの碁打ちさん
 日本の棋士がだらしなさ過ぎるんだよ
 10代の女の子にここまでやられて恥ずかしくないの?

60:名無しの碁打ちさん
 中国リーグや韓国リーグでも五分くらいには戦えてるし・・・

75:名無しの碁打ちさん
 マジで誰かこいつを止めてくれ
 他に有望な奴いないの? 関西棋院とかに

80:名無しの碁打ちさん
 いたら、とっくに活躍してるんだよなあ

88:名無しの碁打ちさん
 歴史を遡ったとしても日本最強棋士でしょ

92:名無しの碁打ちさん
 >>75
 雨宮かさねがいる

93:名無しの碁打ちさん
 >>92
 はあ?

95:名無しの碁打ちさん
 雨宮かさねって、今年プロになったばかりの?

98:名無しの碁打ちさん
 >>92
 こいつ横山八段じゃね?

101:名無しの碁打ちさん
 >>92
 雨宮かさねがいるwwww
 あの成績見て、どうしたらそう思えるんだよwww

104:名無しの碁打ちさん
 そもそも公式戦じゃ、まだ1勝しかしてなくない?

107:名無しの碁打ちさん
 >>92
 横山八段、おすすめのプロテイン教えて

110:名無しの碁打ちさん
 でも非公式の特別対局では早川名人に勝ってたよね

115:名無しの碁打ちさん
 >>110
 あれは名人が手を抜いてたんだろ
 逆コミ6目半のハンデありだし、幼馴染に花を持たせたんだろ

121:名無しの碁打ちさん
 つーか、あの対局の打ち方めちゃくちゃ過ぎん?
 あれで負けた早川名人のほうもどうかしてるよな

125:名無しの碁打ちさん
 解説の瀬川(せがわ)七段もずっと困惑してて駄目だった

130:名無しの碁打ちさん
 やっぱこれからは早川一強時代になっちゃうのかな
 メディアが取り上げてくれるのはいいけど、それじゃ面白くないよな

134:名無しの碁打ちさん
 天才はもうひとり必要なのじゃよ、もうひとりな



 ――――――――。
 あいつと出会った日のことを思い出していた。それはもう忘れたはずの、遠い記憶。
 ……いや、忘れるために何度も努力した。でも忘れられなかった。
 知り合いの伝手で関西のプロ棋士にも師事し、関西棋院の院生になって本気でプロになろうと思ったのだから。
 だけど、そんな想いは高校1年生の冬に捨てた。関西棋院では院生手合での成績によってプロ入りできるが、その道は俺には2歩も3歩も届かなかった。
 それから高校を卒業し、もう大学生になった。そろそろ将来のことを真剣に考え始めないといけない時期だ。
 それでもなお、あの頃に思い描いた夢を捨てられない。

 そして、それ以上に、俺に初めて挫折の気持ちを味合わせた雨宮かさねという女のことが忘れられないのだ。
 あいつがプロ棋士になったとインターネットで知ったのは、ほんの2、3ヶ月前のことだ。
 だけど、それ以来、あいつの動向は可能な限り追っている。早川名人との対局も、俺にはなんとなく意図が分かる。
 乱戦狙いの名人に対して、何がなんでも戦いを封じ込めようという戦い方だ。
 別にあいつはふざけてそんな打ち方をしたわけじゃないし、名人だって手を抜いていたわけじゃない。
 つまりお互い本気で打ったうえで、あいつの、――雨宮の3目半勝ちだったのだ。

 俺には分かる。俺(と横山八段)だけには分かる。あいつは間違いなく天才だということが――。


(しょう)ちゃあぁあああああああん!!!」
「うわぁ!? なんだなんだ!!」
 ソファーで横になりながら微睡みに落ちていた俺を、物理的に床に落とす女がひとり。
 この無駄に身長が高くて短い茶髪の女の名前、宮田(みやた)まなみ。
 高校の頃の同級生で、今は同じアパートで暮らしている、俺の彼女だ。
 俺が夢破れてもなお、大阪に留まっているのはこいつがいるからでもある。
 少々騒がしい奴だが、普段はこんな乱暴な起こし方はしない。床に寝転がったまま、俺は何事かと彼女を見上げた。

「もう、翔太(しょうた)! 翔ちゃんってば! やっと起きた!!
 さっきから揺さぶってんのに、全然起きへんねんもん。
 そんなに、かさねって女との、楽しい夢でも見てたん!?」
「はあ? お前一体何言ってんだよ。
 つーか、腰打ったじゃねえか。いてててて……」
 雨宮のことは、こいつには一度も話したことはない。だから『かさね』という名前が出てきたことには少々驚いた。
 だが、今はそれよりも、この腰の痛みをどうにかするほうが先のようだった。
 俺はこれ以上、腰を痛めないように押さえながらゆっくりと立ち上がった。

「だって、翔ちゃん、ずっと寝ながら『かさね、かさね』って呻いてたんやもん!
 浮気なんて許さへんで!? 一体どういうことなんか説明してもらうで!?」
「かさね……? ああ、そういうことなら――」
 俺はリモコンを手に取ってテレビの電源を入れる。そして、すぐさま録画していた昨日のテレビ番組を再生する。
 そこには『夏休み囲碁スペシャル。新人女流棋士VS囲碁YouTuber!』というタイトルが表示されている。
「ちょっと! また囲碁!?
 もうほんまに、翔ちゃんは囲碁のことばっか! 大事な話の途中やで!?」
「いいから黙って観てろよ。すぐに分かるから」
 喚くまなみの顔を右手で押さえながら、無理矢理テレビのほうに顔を向けさせてやる。


 録画が始まってしばらくすると、それぞれ浴衣を着た男性の棋士がひとり、女性の棋士がふたりが現れ、視聴者に向けた挨拶をした。
 日常的でどうでもいいくだらない話を交えたあと、今回の企画の説明をするということで、同じく浴衣を着たゲストの女性ふたりを呼んだ。
 ひとりは囲碁のインストラクターをするとともにYouTuberもしているとかいう女で、もうひとりはプロ入りしたばかりの雨宮かさねだった。
 つまりは、このふたりが囲碁の対局をする様子を見ながら、他のプロ棋士たちが好き勝手なことを言い合うという企画である。
「今回、雨宮初段はテレビ出演も初めてだということで。
 どうですか、緊張されていますか?」
「うーん、緊張はしていますけど、囲碁を打つだけなので。