でも身体を動かすようなスポーツじゃなくて、頭を使うゲームなら、男の子でも女の子でも対等に遊べるんじゃないかって。
 だから、かさちゃんは何も悪くなくって――」
「早川さん、少しじっとしていてくださいね」
 そのとき、先生の指先が私の名札に触れた。星型のシールが私の名札にはりつけられたのだ。
「え、これって……」
「ふふっ、先生はあなた方をほめているのですよ。よくがんばりましたね。
 こんな風に工夫して遊びを作り出して、みんなを楽しませるなんて、そう簡単にできることではないですよ。
 だから、これはその栄誉のしるしです」
 これが、しるし……。私の名札に、かさちゃんと同じ煌めく星が……。
 うれしい。かさちゃんみたいなすごい女の子に、少しだけ近づけた気がする。


 先生は続けて言った。
「もちろん雨宮さんも。あなたのアイディアはとてもすばらしいものです」
「い、いえ、私なんか、……あ、いや、なんかってことはないですけど!
 でも、クラスのみんなだけじゃなくて、他のクラスの子たちにも声をかけて、ビンの蓋を集めるなんて私にはできませんでした。
 もちろんこんな風に、クラスのみんなで集まってゲームをすることも。
 私はちょっとした思いつきを口にしただけで、がんばってくれたのはさきちゃんのほうです」
 先生にほめられるのもうれしいけれど、かさちゃんにほめられるとなんだか余計にくすぐったい。

 私の"いいところ"見つかったかな。それに、もちろんかさちゃんの"いいところ"もね。



「あー、面白かった! じゃんけんをカードゲームにするだけでこんなに熱中できるなんて!」
 あれからまた、しばらくのときが経って、私とかさちゃんは学校でできる遊びをいくつも探していた。
 そのひとつが、それぞれ1回ずつ使えるグー、チョキ、パーのカードを指定の枚数配って、じゃんけんをするというゲームだった。
 私たちはその感想を言いながら、下駄箱で靴を履き替えて帰宅しようとしているところだ。

「これも、お父さんが持ってる漫画にあったゲームだから、私のオリジナルじゃないけどね」
「でも、かさちゃんは何やっても強いよね。結局、勝ち星全部持ってっちゃって」
「誰がどのカードを何枚使ったか覚えておくといいよ。たとえば竜二くんはグー2枚、チョキ1枚、パー3枚。
 花代さんはグー1枚、チョキ3枚、パー2枚。さきちゃんはグー4枚、チョキ1枚、パー1枚とか。
 それをクラス全員分覚えていって。そうすれば誰にどのカードを出せば勝てるのか、なんとなく分かるかな」
 ……さらっと言ってるけど、それだけ記憶できるのはかさちゃんだけだと思うんだよなあ。
 私の困り顔を見てか、かさちゃんは慌てて付け加える。
「あ、それが無理そうなら、グーの枚数だけ覚えるとか!」
「それでもクラスの人数分は大変だよ!」
 あーあ、私にも何か誰にも負けないような得意なゲームないかなあ。それこそ日本のトップになって、「天才少女あらわる」とかニュースになっちゃうくらいの!

 ……なーんて、さすがにそれは夢を見過ぎかな。そんなに都合のいいゲームがあるはずないよね。


「おう、早川に雨宮! 今日も楽しかったぜ!
 早川はドッジのほうも頑張れよなー。せっかくまた誘ってやったんだから」
「竜二くん、もちろんだよ。
 ドッジもゲームも全力投球! それが私の流儀だからね!!」
 学校の門に向かう途中、私は背中から話しかけてきた竜二くんに向けたガッツポーズをして、ふんふんと鼻を鳴らす。
 せっかく竜二くんたちとも仲直りしてまたドッジボールをするようになったんだから、気合十分なところを見せないとね。

「あはは、なんだそれ! じゃあ、またな、ふたりとも!」
「まったねー」
「また明日ね、竜二くん」
 竜二くんとはそこで別れて、ここから先は私とかさちゃんのふたりきりの帰り道だ。
 車の通り道のような細道を抜けると、すぐにビル街に出る。私とかさちゃんの家は、そのビル街の中にある。
 学校も住む場所も働く場所も、ほとんどおんなじ場所にあるのだから、東京という町は本当に建物が多いんだなっていつも思う。


「それより今度はコツとか考えなくても、みんな平等に勝てる可能性があるゲームを考えようよ!
 たとえばすごろくとか! 頭を使ってばかりじゃ疲れちゃうよ!」
「サイコロを振るだけのすごろく? 運要素100%なのも、それはそれで偏りが出ると思うけど……。
 でも、止まったマスによっては、ものまねをする罰ゲームがあるとかだと盛り上がるかもね」
「お、いいじゃん、それ! それじゃ、今度休みの日にさ、かさちゃんの家に行っていい!?
 どんなマスがあったら面白いか、一緒に考えようよ!」
「そうだね。一度試しにすごろく作ってみようか」

 あーあ、本当に楽しみがいっぱいだなー。
 ドッジボールとかサッカーとかもいいけど、もう梅雨の時期だし、教室の中でできる遊びもいっぱいあったほうがいいよね!
 いっそゲーム部でも作って、他のクラスや学年の違うことも一緒に遊ぼうかな!?
 先生に言えばどこか空いてる部屋を使えるかもしれないし、どうせだったらもっとたくさんのみんなで遊んだほうが――。


「さきちゃん」
 ふと呼びかける声。横並びで歩いていたはずなのに、いつの間にかかさちゃんは立ち止まって私のうしろにいた。
 私は振り返りながら、かさちゃんの呼びかけに応える。
「どうしたの、かさちゃん」
「ううん、別にたいしたことじゃないの。でも、どうしても伝えたくなっちゃって。
 ……あのね、さきちゃん。私、あなたと友達になってから、」


 ざっぱあああああああぁああああああぁあああああ!!

 突然の大雨に、かさちゃんの声がかき消される。……その先の言葉はなんとなく想像がつくけれど。
 もし私の想像が当たっているなら、とても嬉しい。だって、私もかさちゃんと同じ気持ちだったから。


 っていうか! 今はそんなこと考えてる場合じゃなくて!
「わーっ! 大丈夫、かさちゃん!?」
「うん、大丈夫じゃないし、あなたもずぶ濡れだよ、さきちゃん」
「な、なんでそんなに冷静なの!? とにかく走ろう!」
 早く身体をかわかさないと風邪をひいちゃう! 私はかさちゃんの手を取って、街を走り抜ける。
 こんなに急に雨が降るだなんて思っていなかったから、傘もタオルも何も持っていない。
 とにかくどこか雨がしのげる場所に行かないと! すると、目の前に大きな建物が現れた。

「ねえ、かさちゃん! あのビルで雨宿りしていこうよ!」



 ――――――――。
 私たちのモノクロの青春は、あの雑居ビルから始まった。そして、それから9年のときが流れた。
 あの頃は珍しかったスマートフォンも、今ではむしろ持っていない人を探すのが難しいくらいに普及した。
 これ1台さえあれば、地球の裏側にいる人とだって簡単にビデオ通話もできてしまう。
 VTuberの配信だって見放題だし、ショッピングだって出前の注文だって簡単操作で一瞬でできる、そんな時代だ。