もしかしたら私が何かいけないことをしてしまったのだろうか。でも、かさちゃんはなんでもないように玄関まで一緒についてきてくれたから、何も聞けなかった。


「それじゃ、また明日学校で会おうね、かさちゃん!」
「……うん、また明日」
 やっぱりかさちゃんは何か言いたそうにしている。このまま帰ってしまってもいいのだろうか。
 悩んだ結果、私は玄関で靴を履きながら、おおげさなくらい明るい声でこう言った。
「今日はとっても楽しかったよ! 遊んでくれてありがとう!
 今度は私の家で映画でもみようよ、かさちゃん!」
「楽しかった……?」
「もちろん!」
 そこでようやく、かさちゃんは笑ってくれた。ささやかながらも煌めく笑顔がまぶしい。
 それから、かさちゃんはぽつりぽつりと、心のうちを打ち明けてくれた。

「よかった……、さきちゃんはもう早く帰りたいんじゃないかなって思ったから」
「……どうして?」
「だ、だって、それは私はあんまりおしゃべりもうまくないし、暗いし、さきちゃんみたいにうまく笑えないしっ……!!」
 一体何を言っているんだろう? かさちゃんとのおしゃべりはいつも楽しいし、ちょっとおとなしいところはあるけど、暗いわけじゃない。
 それに、かさちゃんの笑顔はとってもかわいい。ふとした瞬間にこぼれる笑顔を見ると、胸がドキドキすることもあるくらいだ。
 第一、私なんていつも無理に笑っているだけで、鏡を見るとぎこちない笑顔だなって自分でも思う。
 私がとまどっていると、かさちゃんの口から想いがさらにあふれ出てきた。

「さきちゃんは運動もできるし、いつも元気でクラスの人気者なのに、どうして私なんかと一緒に遊んでくれるの?」
 違うよ、かさちゃん。かさちゃんは勉強もできるし、いつも空気が読めるし、あなたのほうこそクラスの人気者じゃん。
 そんな風に言いたかったけど、何故だか言葉が出てこなかった。それに、私はそんな理由でかさちゃんと一緒にいるの?
 もしかさちゃんが勉強できなくなって、友達がひとりもいなくなったら、私はかさちゃんから離れるの?

 違うよ、私。そうじゃないでしょ。私がかさちゃんと友達になりたいと思った、本当の理由は――。


「好きだからだよ」
「え?」
「かさちゃんのことが大好きだから。それ以上の理由って必要ある?」
「え、えっと、私なんか――」
「違う! かさちゃんにはいいところがいっぱいあるよ! それに自分で気がついていないだけ!
 だから、その『なんか』って言うのはやめようよ」
「ご、ごめんなさ、……きゃっ!?」

 かさちゃんの身体をぎゅっと抱きしめる。
 アロマの香りだ。いいシャンプー使ってるのかな。
「そして、私にも、きっと自分で気がついていないいいところがあるんだろうね。
 それに気づかせてくれて、ありがとう。私も、ないものねだりはもうやめることにするよ」
「えっ、えっ、どういうこと!?」
「細かいことは気にしなくていいの! それはかさちゃんの悪いところだよ!」
 そうして、私はかさちゃんの背中に回した腕をそっと戻し、手を取りながら、やさしくほほえんだ。

「――だけど、それはかさちゃんのいいところでもあるんだよ。
 私とかさちゃんでさ、お互いのいいところと悪いところを探していこうよ。多分それでいいんだと思うよ」
「ええっと、何がいいのか分からないんだけど……」
「つまり、これからもお友達でいようねってこと!
 ……ああもう、門限やばい! 走って帰らなくっちゃ!
 じゃあね、かさちゃん。ばいばーい!!」
「ば、ばいばい……」
 恥ずかしいことばかり言って顔が熱くなっていることに気づいて、私はあわてて退散することにした。
 困ったような顔で手を振るかさちゃんに、どれだけ私の言いたいことが伝わったのかは分からない。
 だけど、案外似た者同士な私たちは、これからもいいお友達でいられるような気がした。



 給食の時間は、いくつかのグループに分かれて、机をくっつけ合って食べることになっている。
 私のグループには、ドッジボールで遊んでいた男の子のうちのひとりがいて、あれ以来ちょっと気まずい。
 しかも、かさちゃんや花ちゃんは別のグループだから、私としてはさっさと給食を済ませてしまいたい気分になる。
 だけど、給食の時間は休み時間ではないから終わりのチャイムが鳴るまで校庭に出ることはできない。
 それに私だけ早く給食を食べ終わっても、かさちゃんはいつも食べるのがゆっくりだからおしゃべりしに行くわけにもいかない。
 だから私は仕方なく、お米の一粒一粒をありがたくかみしめながら食べるのだった。……うん、カレーおいしい。
 せっかくだから、おかわりでもしようかなと、私はカレーのお皿を持って席を立ち上がる。

「「おかわりー!!」」と、声がハモる。ひとつは私の声で、もうひとつは竜二くんの声だった。
 たまたま同じタイミングで立ち上がり、カレーのおかわりをしようとしているらしい。
 配膳台の前で横並びになってしまった私はちらりと横目で竜二くんを見る。
 すると、竜二くんと目が合ってしまい、私は慌てて目をそらした。
 そして竜二くんは深くため息をつくと、自分のお皿にごはんとカレーを盛りつけて席に戻っていった。
 私はそれを見届けてから、カレーのおかわりをした。だけど、なんだかあまりおいしくないような気がした。


 その日の夕方のことだ。私はかさちゃんを家に呼んで、お気に入りの『ドリーム・ストーリー』というアニメ映画を一緒に観た。
 異世界に連れ去られたお母さんを見つけるため、ひとりの少年であるタイチが仲間たちと冒険をするファンタジーアニメだ。
 ときには仲間と協力し、ときには衝突しながら行く手を阻む敵を倒し、頂上まで登った者はどんな願いも叶えられるという『女神の塔』を目指していく。
 物語の終盤で少年は世界の崩壊を止める代わりに、その命を失ってしまう。
 しかし、塔の頂上にたどりついた仲間のジートスの願いによって元の世界にお母さんとともに帰っていく、……というストーリーだ。

 私は最初は自己中心的で『お金持ちになりたい』という願いを叶えようとしていたジートスが、タイチとの旅路で心変わりした展開が好きなのだ。
 映画を観終わったあと、かさちゃんにもそんなことを話してみた。
「確かに、ジートスは最初はタイチと喧嘩してばかりだったのに、最後には自分の願いを曲げてでも元の世界に帰らせてくれようとしたところにはぐっときたかな」
「でしょでしょ!」
「でも独善的な願いを持つことって本当にいけないことかな。私はジートスの最初の気持ちもよく分かるよ。
 タイチの『お母さんとともに元の世界に戻りたい』という願いだって、異世界の発展には何も寄与しないわけだし、独善的とも言えるよね。
 それにお母さんは本当は異世界の女神様と表裏一体の存在だったわけで、お母さんの意思も確認しないで元の世界に戻しちゃって、本当によかったのかな?
 タイチとお母さんが無事に元の世界に戻れたのはよかったけど、あのあと異世界は一体どうなっちゃうんだろう?」
「どくぜんてき……、ひょうりいったい……」