それから私は次々に、クラスのみんなの分の盛りつけもこなしていく。
 我ながらなかなか手際もいいんじゃないかな。いい調子だ!
「あ、えっと、」
「雨宮さん! 雨宮さんも大盛りにする?」
「い、いや……、私はむしろ少なめでいいかなって……」
「だめだめ、いっぱい食べないと大きくなれないんだから! ほらっ!」
「あ、ありがとう……」
 男の子たちの分よりはちょっと少なめだけど、雨宮さんの分もいっぱいにごはんをよそう。
 うんうん、育ち盛りなんだから、これくらいは食べないとね!

「さきちゃん、私の分も大盛りでー!」
「ほいきたー! ……って、あれ?」
 続けて花ちゃんの分のごはんをよそおうとしたとき、私はふと異変に気がついた。
 ……なんか残りのごはん少なすぎない? 給食当番の分も含めて、あと7、8人分くらい必要なところ、もう箱の底が見えかけている。
 ま、まずいな……。足りるかな、これ……?
「……は、はい、どうぞ!」
「えー、なんか少なくない?」
「い、いやー、やっぱり食べすぎもよくないよ。
 腹八分目って言うもんね! うんうん!」
 と、なんとか誤魔化しつつ、残りの分は少なめに盛っていく。


 ちょっと不満げな顔をする子もいるけど、全員分の用意をするにはこうするほかない。
 そうしてどうにか給食当番の分まで盛りつけ完了した。
 あ、危なかった……。もうごはんの箱は空になっちゃったけど、ギリギリセーフだ。
「ミ、ミッションコンプリート、だよね……」
 誰にも聞こえないくらい小さな声でそう呟きつつ、私は給食着をぬいで自分の席に戻る。
 さあ、腹ごしらえをすませたら、校庭でドッジボールを――、
「早川さん……、自分の分は……?」
「え」
 雨宮さんが心配そうに、私の席を見つめていた。その上にはただ、まっさらな大地が広がるばかりであった。

「あら、大変。早川さん、ひとまず先生の分の給食を食べてください。
 先生は他の教室からあまったごはんを分けてもらいますから……」
「い、いえ! 私のせいですから! 私がひとっ走り行ってきます!」
 そう言って、私はお茶碗を持って他の教室へかけだした。
 先生が呼び止める声が聞こえたけれど、かまわず突っ切った。
 幸い肉じゃがとスープ、牛乳ビンはあまっているようだから、ごめんなさいして他のクラスからごはんを分けてもらえばいいだけだ。

 でも、そうして行って帰ってきたときには、もうみんな給食を食べ始めていた。
 私はあわてて給食の用意をして、急いでお腹に詰め込むこととなった……。


 給食当番のみんなと配膳室に配膳台を返しに行ったあと、私は一度教室に戻ってあたりを見まわした。
 ――ちらりと、雨宮さんが本を読んでいる姿が視界に入る。
 私の視線に気づいた雨宮さんと目が合いそうになって、心臓がどきりとはねた。
「……っと、竜二くんたちは――」
「ドッジボール? あいつらならもう校庭に行っちゃったよ」
「そうなんだ。ありがとう、花ちゃん!」
 そうお礼を言って、私は教室を出る。廊下は走っちゃいけないけど、つい早歩きになってしまう。
 失敗ばかりだけど、いつまでも落ち込んではいられない。運動してすっきりしないとね。


「みんな、お待たせー! 今日もはりきっていこー!」
 校庭でドッジボールをする竜二くんたちに、大きく手を振りながら走り寄る。
 ちょっと遅くなっちゃったけど、まだまだ十分時間はあるはず! 負けないぞー!
「……なんだ、きたのか」
「うん! どっちのチームに入ればいいかな、竜二く――」
 言いかけて、言葉がとぎれた。
 竜二くんの目がぎろりと私をにらみつけていたからだ。
 ど、どうしたんだろ、遅くなっちゃったから怒ってるのかな……?

 竜二くんは大きなため息をついた。
「おまえさ、もうやめてくれない?」
「え、何を……?」
「だから、俺らと遊ぶのはこれっきりにしてほしいんだよ。
 分かる? これでもう全部終・わ・り」
「あ、あはは……、もう冗談ばっかり!
 今までずっと遊んできたのに、なんで急に――」
 つめたい汗が背中をつたっているのが分かる。どうして?
 どうして私が竜二くんたちに、こんな風に突き放されるんだろう。

「おまえのせいで迷惑してんだよ。先生から電話があったらしくてさ。
 『女の子に怪我させたのか』って親父にすげえしかられてよぉ。
 女は女らしく、おままごとでもしてろよ。男の遊びに入ってくるんじゃねえよ」
「え、えっと、その……」
 なんと返したらいいのか分からない。私はただ口をぱくぱくさせることしかできなかった。
「そーだ、そーだ。俺んところにも連絡がきたんだからな!」
「今までだって、お前が仲間に入れてほしそうだったから仕方なく遊んでやってただけだぞ!」
「もっとまわりのことを考えてくれないと困るよなー」
 他の男の子たちも次々と私に不満をぶつける。……そうか、私、元々嫌われていたんだ。
 そんなことにもずっと気づかなかった。私はいつも……、知らないうちに迷惑をかけていたんだ。

「……ごめんね、みんな。私、空気が読めなくって」
「分かったんなら、さっさと教室に戻れよ。
 さあ、みんな。再開しようぜ。遊ぶ時間がなくなっちまうよ」
「あ……、ぅ……」
 声が漏れかけた口を私は自分の手でおさえる。これ以上、何を言ったって竜二くんたちには迷惑なだけだ。
 私は竜二くんの言う"みんな"の中には含まれていなかったんだから。
 ……だけど、泣かない。声も涙も決して漏らさない。だって、私が全部悪いんだから。


 教室へ戻る廊下で1年生の子たちとすれ違った。その声が変にうるさく感じる。
 いつもだったら気にならないその声が、そのしぐさがなんだか気になってしまう。
 ……へこんでるなあ、私。こんなんじゃいけない。
 "明るく元気なさきちゃん"じゃなくなったら、本当になんのとりえもなくなってしまう。
「よし!」
 教室の扉の前で、両方のほっぺたを両手でパンと叩いて気合を入れる。
 それから口の両端を指で持ち上げて、笑顔を作る。
 ……通りすがりの女の子に笑われた気がするけど、気にするな。私には人を笑わせるくらいしかないんだから。

 その表情を維持したまま、私は教室に入る。


 ――瞬間、その目に飛び込んできたのは、やっぱり雨宮さんの姿だった。
 最近はいつも、気がつくと雨宮さんのことを目で追っている気がする。
 雨宮さんがいないときも、「雨宮さんなら、こんなときどうするんだろう」ってずっと考えてる。
 私はいつの間に、こんなにも雨宮さんのことを意識するようになったんだろう。
 頭の中が雨宮さんのことでいっぱいだ。だけど、それって一体どういうことなんだろう。

 ……私は、雨宮さんみたいになりたいのかな。本当に、そういうことなのかな?
 そりゃあ、雨宮さんは私にないものをたくさん持っているけれど、それを望むのが私の本心なのだろうか。


 違う。そうじゃない。
 私は本当は、雨宮さんのことをもっと深く知りたいのだ。もっと言うなら、雨宮さんの近くにいたい。