・あなたはいじめを受けていますか?
はい・いいえ
・あなたはいじめを見たことがありますか?
はい・いいえ
上記の質問に「はい」を選んだ人は下記の空欄に具体的な内容、状況を書いてください。
上記の質問に「いいえ」を選んだ人は下記の空欄にいじめをなくすために気をつけることや方法を書いてください。
『
・いじめが起きる空気にしない。
・そのためには、見て見ぬふりはしない。
・自分一人ではどうしようもなくても、みんなで空気を変える。
』
月に一度行われるいじめに関する無記名のアンケート。
俺はじっくりと考え、二つの質問に対し「いいえ」に丸をつけ、空欄に考えを記し、用紙を裏返してペンを置く。
机に肘をつき、ぼんやりと窓の外を眺める。
春の風に吹かれ、新緑の若葉が気持ちよさそうに揺れている。
この学校に転校してきて一年が経った。あっという間で、とても濃い一年だった。
教室からペンが走る音が聞こえなくなると、担任の先生が「後ろから用紙を裏返して回収するように」と言うと、一番後ろの席の生徒は前の生徒に用紙を渡し始めていた。
俺もまた、振り向いて数枚重なった裏返しの用紙を受け取り、立ち上がり、前の席に座る背中を叩く。
「隼人、早く取って」
「わるい、もうちょっと」
そう言って隼人はアンケートに記入をしていた。俺の前の席は隼人の席だ。三年生になっても隼人とは同じクラスになった。
チャイムが鳴り、帰りのホームルームが終わる。
隼人は手早く荷物をまとめ、振り返る。
「今日部活だっけ?」
「化学部は休部中。前にも言ったよ」
「え、そうだっけ?」
隼人は眉毛を上げてとぼけ顔をする。相変わらず、細い眉毛だ。
山口さんが転部すると言い出したのは文化祭が終わった後のことだ。
今までは趣味で書いていたミステリー小説を本格的に書くために、文芸部へと転部した。もちろん、阿野も文芸部へ転部した。
今は俺と伊藤さんだけ。四月中に部員が三名にならないと廃部になってしまうため、佐々木先生が新入生に声かけてるらしい。
「じゃあ一緒に帰ろうぜ!」
「ごめん、今日はちょっと……」
なんでだよ、とごねられていると突然三宅さんが割って入ってきた。
「隼人! 桐谷くんの邪魔しないの!」
「邪魔ってなんだよ!」
「邪魔は邪魔でしょ! 本当に鈍いな!」
「鈍いのはお前だろ! 俺の気持ちも知らないで!」
あ。言った。
クラスがしんと静まり返る。顔を真っ赤にしたまま三宅さんから目を離さない隼人。みんなが三宅さんに集中する。しかし、三宅さんは眉間にしわを寄せて反論する。
「はぁ?! なに言ってんの?! 意味わかんないんだけど!」
だめだ、伝わってない……。
クラス中がため息をついた。どうやら二人のすれ違い夫婦漫才はこれからも続くらしい。
「桐谷くん!」
名前を呼ばれ、振り向くと教室の外で伊藤さんが手を上げていた。
俺は二人を置いて、教室を出る。
桜が舞い散る帰り道。澄み切った空にどこまでも続く飛行機雲が一本伸びている。
「今度一緒に、ホラー映画見に行かない?」
「ホラーかぁ……」
「死に興味があるんでしょ?」
「それは昔の話で……」
正直、ホラー映画は心霊の次くらいに苦手だ。あれは人を驚かせるためのものであって、わざわざ自分から驚きにいくなんて意味が分からない。
……って色々理由は見つけても、シンプルに怖いのが苦手なだけなんだけど。でも、そんなこと言うのはなんかかっこ悪い気がする。
どう言い訳しようか考えていると、隣を歩いていた伊藤さんはひょいっと俺の前に立ち、手を合わせる。
「行こうよ! 一生のお願い!」
そう言って伊藤さんは瞳を輝かせ、下からのぞき込む。
「私のお願い、聞いてくれる?」
俺は思わず笑ってしまった。
俺は仕方がないな、とため息をついて伊藤さんの手を握り、言葉を返す。
心の中で、これからも、と付け加えて。
「大好きなきみの願いを、俺は全力で叶えるよ」
終わり。