あれから三年近くが経った今でも彼はわたしの隣にいてくれている。


「覚えてるよ。もう一度、凜に会えて嬉しかったし」

「わたしも嬉しかったよ。伊吹のおかげで麻衣ちゃんとも仲良くなれたし、ほんとに感謝してる」


あの時、声を掛けた麻衣ちゃんは今ではわたしの大の親友となっているのだから伊吹のいうことは正しかった。


「だから、言ったろ?自分から一歩踏み出せば変わるって。この三年間で凜はちゃんと自分の足で踏みだせるようになって成長したなって思うよ」


どこか満足げに口元を緩ませ、まるで親みたいなことを言う伊吹。


「わたしだって自分でもちょっと変われたかなって思うよ」


自分に自信のなかったわたしを変えてくれたのは紛れもなく目の前で優しく顔を綻ばせている彼だ。


「あと一ヶ月後には晴れて大学生だもんな」

「合格できたのも伊吹のおかげみたいなところあるけどね」

「凜が頑張ったからだよ」


頬杖をつきながらほのかに笑いを含んだ目尻に糸のように細いシワを刻む。

その声色はとても穏やかですっと心に入ってくる。

何度も、何度もこの優しい声に励まされて大学受験も張れたんだっけ。





『よし、友達もできて学校生活も楽しめてきたところで凜に次の試練だ』


高校二年の二学期が始まって数週間が経ち、彼がわたしの部屋で突然言い放った。

この一年、伊吹のおかげで少しずつ自分から誰かに話しかけることができるようになったわたしは麻衣ちゃん以外にもクラスで友達ができてそれなりに充実した生活を送っていた。

伊吹がいなくなって三年間クラスが変わらないって最悪だと思っていたけど、今ではそれでよかったと思っている。

それなのに、次は一体何をしろというのだろうか。


『試練って何?』

『それ、だ』


彼が指さした先にあったのは机に無造作に置かれた白い紙。

げっ……と思わず顔をしかめると、伊吹はそんなわたしの気持ちを即座に見抜いて眉間にシワを寄せた。


『なんで白紙なんだ。自分の将来のことだろう』

『そんなのわかんないよ。やりたいこととかないし』


そう、彼が指さしたのは先週学校で配られたばかりの“進路調査票”だった。

第一希望から第三希望まで書く欄があるが、わたしの進路調査票は全て空白で何も書かれていない。


『進学するのか、就職するのかも決めてないのか』

『だって、まだまだ時間はあるし……』


正直、今のわたしは将来の自分がどんな人になっているのかどんな風に過ごしているのか上手く想像できない。