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「さて、思い出話はこの辺にして本題の卒業式に入ろっか」
わたしは椅子から立ち上がり、スクールバッグを持って教壇の机の前に立った。
伊吹の端正な顔がここからだと良く見える。
相変わらず、かっこいいなぁと心の中でうっとりしてしまう。
きっと高校三年生になった伊吹は今よりもっと大人びて、誰もが心を奪われる男性に成長していたんだろうな。
想像するだけで、ドキドキしてきちゃった。
「なんで二人で卒業式なんかするんだ?」
「入学した時に『一緒に卒業しようね』って約束したでしょ?だから、それを叶えようと思って。伊吹は卒業式参加できてないし」
「……覚えてるけど、俺は幽霊なんだぞ?」
「関係ないよ。伊吹はずっとわたしと学校に来てたんだから。まあ、いいからあとはわたしに任せて」
そう言いながらゴソゴソとカバンの中を漁って“あるもの”が入っていることを確認してから小さく息を吸って、口を開いた。
「起立」
「……」
わたしの声に何も反応せずに頬杖をついたまま座っている。
「ちょっと、起立してよ」
「え、もう始まってんの?」
きょとん、とした顔を浮かべて伊吹が言う。
「始まってるよ、もう!最初からね!」
「ごめんって」
おどけたように笑う伊吹をキッと睨んでからもう一度「起立」と言うと今度はゆっくりと彼が立ち上がった。
「礼」
わたしも自分で言って、頭を下げる。
「これから根来伊吹と新田凜の卒業式を開式いたします」
ああ、ついにこの日が来てしまった。
これから始まる二人だけの特別な卒業式に鼻の奥がツンと痛み、目頭が熱くなって、涙で視界がじわりと滲んできたけれど、グッと唇を噛みしめて堪えた。
まだ……まだ泣いちゃダメ。
この日のために、今まで頑張ってきたんだから。
彼を最高の形で送り出すために。
「卒業証書授与」
わたしがそう言うと、
「いや、いくら何でもそれは用意できねえだろ」
伊吹がどこか寂しそうに笑った。
「まあまあ、そう言わずに。続けるよ」
先程、カバンの中を漁って忘れていないか確認したものを取り出し、
「根来伊吹」
この世で一番愛おしい人の名前を呼ぶ。
わたしが取り出したものを見て、驚いたように目をぱちぱちと数回させてから「……はい」と返事をすると、教壇の机の前まで歩いてきた。
向かい合わせになって、必然的に絡み合う視線。
大きく息を吸って、吐く。
彼のために自分で作った卒業証明書をじっと見つめ、口を開いた。