「ほら、お揃い。修学旅行に行って買ったの」

 確かに、彼女たちの耳で揺れているそれと、今目の前にあるピンク色のイヤリングの形は同じだった。きっととても親しかったんだろうな、という事は理解できる。

「……また一から、私たちと友達になろう? 私、塚原凪っていうの」

 青いイヤリングの子が自分の名前を告げると、隣にいる黄色いイヤリングの子も身を乗り出した。

「私、三条桃子! 桃ちゃんでも桃子でも、好きなように呼んでいいからね!」
「ももこちゃん、なぎちゃん……?」

 二人がとても気を使ってくれていることが手を取るように分かった。それが居たたまれなくて、胸が軋む様に痛くなっていく。この場にいるのが自分ではなく、本物の【美緒】だったらきっとみんな喜んでくれるに違いない。どうして私はここにいるんだろう……? ずっとそんな事ばかりを考えてしまう。彼女の顔色が良くないことに気づいた二人は、すぐに「また来るからね」と言って帰っていく。由梨は桃子と凪をロビーまで見送っていく。

「……私たち、本当にまた来てもいいんですか?」

 彼女が困惑して、少し怯えているような表情が目の奥に焼き付いて離れない。凪は由梨にそう聞いた。桃子も同じだったみたいで、不安そうに頭を下げている。

「うん、できたらまた来て欲しいな。無理にとは言わないけれど……お医者さんも、もしかしたら以前からの知り合いに会ったら記憶が蘇るかもしれないって言っていたから」
「……俊君がここにいたらいいのに」

 桃子の小さな声に、由梨も凪も頷いた。彼がここにいてくれたら、もしかしたら、きっと……そんな夢みたいなことを考えてしまう。けれど、彼はまだ北海道の病院にいて治療をしている最中なはず。由梨に聞いても詳しい事は分からないらしく、桃子と凪は肩を落として病院を後にした。

「私たち、またお友達になれるかな……」

 いつになく気弱な事をいう桃子の背中を励ますように、凪は手を添える。

「なろう、三人でまた友達になって、カフェ行って服買って、プリ撮りに行こう」
「……うん」

***

「美緒ちゃーん、お疲れ様!」

 孤独だと思っていた彼女にも、友人とも思える相手ができていた。自分よりもずっと年下の女の子・鈴奈。リハビリを終える時間にやってきて、タオルと水を手渡してくれる。いつも被っているピンク色のニット帽が、彼女にとって鈴奈の目印だった。彼女とはリハビリを始めた頃に出会った。

「美緒ちゃん!」

 車いすに乗ってリハビリルームに向かう彼女に、鈴奈が飛びついてきた日の驚きは今でも忘れられない。だって、今まで【美緒】の事を知っている人はみんな、まるで腫れものに触れるように彼女と接するから。それとは全く異なる、ぴょんっと垣根を飛び越えるみたいやって来た。彼女が戸惑っていると、鈴奈は「ずっと会えなかったけど、どうしたの? 病気、悪いの?」と聞いてきた。彼女は少し迷ってから、鈴奈に今の自分の状況について話すことに決めた。

「え、うそっ! 私の事も覚えてないの?」

 彼女が「ごめんね」と小さな声で謝ると、鈴奈は頭をぶんぶんと振っていく。

「ううん。私こそごめんね。そっか、忘れちゃったなら仕方ないね」

 楽しそうに笑う声が聞こえてくる。それがとても朗らかなものに聞こえて、今まで無気力だった心が少しだけ元気を取り戻していくような気がした。

「私、鈴奈っていうの。美緒ちゃんの病院友達だよ。また今度、ゆっくり話そう?」

 リハビリに向かう彼女を、鈴奈が手を振って見送ってくれた。それ以来、彼女は鈴奈と話をする関係になっていた。同じように病を抱える鈴奈だけが、彼女の今の境遇を理解してくれるような気持ちになっていた。まるで殻の中にふさぎ込むような日々に吹き抜ける爽やかな風のような存在だった。

「え、退院?」
「うん!」

 しかし、鈴奈の治療はもうほとんど終わりに近かった。骨髄の移植を必要としていた彼女にドナーが見つかり、その移植が無事に終わり、医者から病院の外でも生活ができるとお墨付きを貰えたらしい。鈴奈の声はとても嬉しそうだったので、彼女はなるべく表情を曇らせないように努めながら「おめでとう」と告げた。

「それでね、ウィッグ作ったんだ。退院する前の日に美容室に届いて、そこでちょっと調整するんだって」
「へぇ、美容室なんてあるんだ」
「……うん、そうだよ。それでね、美緒ちゃんにも付き合ってほしいの、お母さんがお医者さんと話があるから一人で行ってきなさいって言うんだけど、怖くて」
「私で鈴奈ちゃんの力になるかな?」
「大丈夫!」

 二人は鈴奈の退院する前日に会う約束をして、それぞれの病室まで戻っていく。車椅子からベッドに移って、彼女は大きなため息をついた。初めて感じる寂しいという気持ちがじわじわと広がっていく。それを体から抜き出すように、もう一度深く息を吐いた。

 鈴奈が退院する日はあっという間に目前に迫って来ていた。約束した日、病室まで鈴奈が来てくれて、彼女の車椅子を押していく。

「大丈夫? 重たいでしょ?」
「平気平気! 今の私なんて美緒ちゃんより力あるよ、きっと!」

 彼女も、その通りだろうなぁと妙にへこんでしまう。ゆっくりとした鈴奈の足取りで美容室の前にたどり着いた。鈴奈がドアを開けようとしたとき、中から男の人が飛び出すように出てきた。