二人とも、このとても短い手紙にとてもびっくりしているみたいだった。いつもの俊の文字とは違うし、手紙に書かれていた彼の怪我の重さも、きっと想像していた以上だったのだと思う。それでも桃子はそのショックを振り払うみたいに、スマートフォンを取り出した。
「これ、牧村にも見せてあげたいから写真撮っていい?」
「うん、いいよ」
手紙がちゃんと見えるようにテーブルに広げて、桃子は何枚か写真を撮っていた。凪はまだ口を噤んだままその手紙を見ている。
「……早く会えたらいいな」
美緒のその小さな独り言を、二人はちゃんと聞いていた。美緒の願いが叶いそうにない事が分かっているからこそ、その言葉がずしんと重たく響いていく。美緒は再び溢れてしまいそうになった気持ちを飲み込むように、紅茶が入ったカップに口を付けた。
桃子と凪は暗くなる前に帰ってしまい、二人を見送った美緒は病室に戻ってベッドに横になった。由梨がお見舞いに来てくれるまでの時間はいつもこうやって過ごしていたけれど、今日は二人に会えたせいか寂しさが募っていくような気がした。二人がくれたケープとブランケットを抱きしめながら、美緒は俊から来た手紙を何度も何度も読む。鼻の奥がツンと痛くなって目頭にじんわりと涙が滲みだしてきたけれど、美緒は決して泣かなかった。
—
俊へ
俊、大変なのに、手紙を送ってくれてありがとう。いつもの俊じゃないみたいでちょっとびっくりしちゃったけれど、俊も頑張っているみたいで安心しました。
俊から来た手紙を、桃ちゃんが京平君に見せたみたいです。やっぱりちょっとショックを受けていたみたい。凪と二人で励ましておいたよってメッセージと写真が届きました。俊のところにも送られているかな?
でも、京平君は相変わらずうちのクラスに入り浸っているみたいです。一度冗談で机とイスを運んで持ってきたって、凪が教えてくれました。すごく呆れたって言ってたけれど、私はちょっと面白くて笑っちゃった。
俊のクラスから千羽鶴は届きましたか? 私も俊も、絶対に治さないとね。
今日は検査がたくさんあって疲れちゃったので、手紙はこれでおしまいにします。
また送るね、バイバイ
—
俊への手紙を出しに行く途中に、美緒は入院患者用の共有スペースがあることを知った。そこにはテーブルや椅子、自動販売機だけではなく本棚もあって、漫画や本が自由に借りられる様子。検査がなく暇になってしまった美緒はそこに立ち寄った。何か面白い本はないかなと本棚を眺めている時に、美緒はどこからか視線を感じた。キョロキョロと辺りを見渡すと、ソファに座っているニット帽をかぶった十歳くらいの女の子と目が合う。美緒が首を傾げると、その女の子は立ち上がって近づいてきた。きっとこの子が美緒の事を見つめていたに違いない、けれど、どうして?
「ロングヘアのお姉ちゃんでしょ?」
「え?」
「ほら、夏に美容室で髪切ってた!」
そんな事を言われて美緒はびっくりして言葉を失くして、ただ頷くことしかできなかった。女の子は「やっぱり」と嬉しそうに満面の笑みを見せる。
「いいなーって思って見てたんだ。私もあれくらい伸ばしたいなって」
今は髪の毛ないんだけどね、と女の子は小さく呟いた。ニット帽の下がどうなっているのか、美緒は想像するのをやめていた。
「だからね、病気が治ったらお姉ちゃんみたいな髪型にしたいなって思ってて! だから、あの……真似してもいい?」
もじもじとつま先同士を擦り合わせるその仕草が可愛くて、美緒は笑って「いいよ」と大きく頷いていた。女の子はパッと嬉しそうな表情を見せるように顔をあげた。
「ありがとう! あの、お姉ちゃんは何て言うの名前なの?」
「美緒、だよ。あなたは?」
「鈴奈。美緒ちゃんって呼んでもいい?」
「うん、もちろん」
「美緒ちゃんはどうして入院しているの?」
無邪気でまっすぐな問いだったせいか、美緒は隠すことなく全部を打ち明けてしまっていた。
「頭の中に腫瘍ができて、これから手術を受けることになってるの」
「手術、こわい?」
その言葉に、美緒はハッとなった。入院してから感じないようにしていた恐怖が、今でも背中にぴったりと張り付いていることに気づいてしまったから。鈴奈自身もそれは聞いてはいけない質問だったとすぐに気づいて、何度も「ごめんね」と早口で謝っていた。そして、話題を変えるみたいにパチンッと手を叩く。
「お姉ちゃんって、入院したの最近でしょ? それなら、私の方が病院じゃ先輩だね。何か困った事とかあったらいつでも聞いて、いろいろ教えてあげるから!」
「……鈴奈ちゃんはずっと入院してるの?」
「うん、良くなったり悪くなったりで。でも、もうすぐ治るかもしれないって先生が言ってた」
鈴奈は「ドナーが見つかったんだ」と嬉しそうな笑みを見せた。ずっと薬による治療が続いていたけれど、今度、骨髄の移植手術を受けることが決まったのだと、本当に嬉しそうだった。鈴奈がどれだけ長い間病院にいて、どんなに辛い思いをしたのか、美緒には想像できない。けれど、ようやっとそれから解放されるという喜びが表情に現れていた。美緒は、いいなと思ってしまう。治った後の明るい未来を描くことができる彼女を羨ましいと思い、その気持ちはすぐに胸の底に押し込んだ。
「ねぇねぇ、私たち、友達にならない?」
鈴奈の明るい提案に美緒は頷いた。鈴奈が「やったー」と歓声を上げると、看護師が共有スペースを覗き込んだ。
「鈴奈ちゃん、ここにいたのね。探したよ」
鈴奈は「見つかっちゃった」とペロリと舌先を見せ、いたずらっぽく笑った。
「私、行かなきゃ。またね、美緒ちゃん」
「これ、牧村にも見せてあげたいから写真撮っていい?」
「うん、いいよ」
手紙がちゃんと見えるようにテーブルに広げて、桃子は何枚か写真を撮っていた。凪はまだ口を噤んだままその手紙を見ている。
「……早く会えたらいいな」
美緒のその小さな独り言を、二人はちゃんと聞いていた。美緒の願いが叶いそうにない事が分かっているからこそ、その言葉がずしんと重たく響いていく。美緒は再び溢れてしまいそうになった気持ちを飲み込むように、紅茶が入ったカップに口を付けた。
桃子と凪は暗くなる前に帰ってしまい、二人を見送った美緒は病室に戻ってベッドに横になった。由梨がお見舞いに来てくれるまでの時間はいつもこうやって過ごしていたけれど、今日は二人に会えたせいか寂しさが募っていくような気がした。二人がくれたケープとブランケットを抱きしめながら、美緒は俊から来た手紙を何度も何度も読む。鼻の奥がツンと痛くなって目頭にじんわりと涙が滲みだしてきたけれど、美緒は決して泣かなかった。
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俊へ
俊、大変なのに、手紙を送ってくれてありがとう。いつもの俊じゃないみたいでちょっとびっくりしちゃったけれど、俊も頑張っているみたいで安心しました。
俊から来た手紙を、桃ちゃんが京平君に見せたみたいです。やっぱりちょっとショックを受けていたみたい。凪と二人で励ましておいたよってメッセージと写真が届きました。俊のところにも送られているかな?
でも、京平君は相変わらずうちのクラスに入り浸っているみたいです。一度冗談で机とイスを運んで持ってきたって、凪が教えてくれました。すごく呆れたって言ってたけれど、私はちょっと面白くて笑っちゃった。
俊のクラスから千羽鶴は届きましたか? 私も俊も、絶対に治さないとね。
今日は検査がたくさんあって疲れちゃったので、手紙はこれでおしまいにします。
また送るね、バイバイ
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俊への手紙を出しに行く途中に、美緒は入院患者用の共有スペースがあることを知った。そこにはテーブルや椅子、自動販売機だけではなく本棚もあって、漫画や本が自由に借りられる様子。検査がなく暇になってしまった美緒はそこに立ち寄った。何か面白い本はないかなと本棚を眺めている時に、美緒はどこからか視線を感じた。キョロキョロと辺りを見渡すと、ソファに座っているニット帽をかぶった十歳くらいの女の子と目が合う。美緒が首を傾げると、その女の子は立ち上がって近づいてきた。きっとこの子が美緒の事を見つめていたに違いない、けれど、どうして?
「ロングヘアのお姉ちゃんでしょ?」
「え?」
「ほら、夏に美容室で髪切ってた!」
そんな事を言われて美緒はびっくりして言葉を失くして、ただ頷くことしかできなかった。女の子は「やっぱり」と嬉しそうに満面の笑みを見せる。
「いいなーって思って見てたんだ。私もあれくらい伸ばしたいなって」
今は髪の毛ないんだけどね、と女の子は小さく呟いた。ニット帽の下がどうなっているのか、美緒は想像するのをやめていた。
「だからね、病気が治ったらお姉ちゃんみたいな髪型にしたいなって思ってて! だから、あの……真似してもいい?」
もじもじとつま先同士を擦り合わせるその仕草が可愛くて、美緒は笑って「いいよ」と大きく頷いていた。女の子はパッと嬉しそうな表情を見せるように顔をあげた。
「ありがとう! あの、お姉ちゃんは何て言うの名前なの?」
「美緒、だよ。あなたは?」
「鈴奈。美緒ちゃんって呼んでもいい?」
「うん、もちろん」
「美緒ちゃんはどうして入院しているの?」
無邪気でまっすぐな問いだったせいか、美緒は隠すことなく全部を打ち明けてしまっていた。
「頭の中に腫瘍ができて、これから手術を受けることになってるの」
「手術、こわい?」
その言葉に、美緒はハッとなった。入院してから感じないようにしていた恐怖が、今でも背中にぴったりと張り付いていることに気づいてしまったから。鈴奈自身もそれは聞いてはいけない質問だったとすぐに気づいて、何度も「ごめんね」と早口で謝っていた。そして、話題を変えるみたいにパチンッと手を叩く。
「お姉ちゃんって、入院したの最近でしょ? それなら、私の方が病院じゃ先輩だね。何か困った事とかあったらいつでも聞いて、いろいろ教えてあげるから!」
「……鈴奈ちゃんはずっと入院してるの?」
「うん、良くなったり悪くなったりで。でも、もうすぐ治るかもしれないって先生が言ってた」
鈴奈は「ドナーが見つかったんだ」と嬉しそうな笑みを見せた。ずっと薬による治療が続いていたけれど、今度、骨髄の移植手術を受けることが決まったのだと、本当に嬉しそうだった。鈴奈がどれだけ長い間病院にいて、どんなに辛い思いをしたのか、美緒には想像できない。けれど、ようやっとそれから解放されるという喜びが表情に現れていた。美緒は、いいなと思ってしまう。治った後の明るい未来を描くことができる彼女を羨ましいと思い、その気持ちはすぐに胸の底に押し込んだ。
「ねぇねぇ、私たち、友達にならない?」
鈴奈の明るい提案に美緒は頷いた。鈴奈が「やったー」と歓声を上げると、看護師が共有スペースを覗き込んだ。
「鈴奈ちゃん、ここにいたのね。探したよ」
鈴奈は「見つかっちゃった」とペロリと舌先を見せ、いたずらっぽく笑った。
「私、行かなきゃ。またね、美緒ちゃん」