修学旅行から住み慣れた街に帰ってきた。その頃にはもう日が暮れて始めていて、眩しい夕陽に照らされながら美緒は家路を急ぐ。お土産が詰まったスーツケースを引っ張り、自宅に着くころには、美緒はうっすら汗をかいていた。まだ夕日の中に夏の名残が残っているみたいで、日差しも北海道よりも強い気がする。重たい荷物を持ち上げながら家のドアを開けると、お店の方から由梨とお客さんの話し声が聞こえてきた。美緒は手早く荷物を開けて使用済みの衣類の洗濯を始めると、由梨が帰ってきたことに気づいたらしい。ハサミを置く音とお客さんに断りを入れる声が聞こえてきた。

「おかえり。帰って来たなら声かけてよ」
「うん、ただいま。じゃあ、行ってきます!」
「ちょっと! どこに行くの?」

 由梨が止めようとするのも振り切って、美緒は再び家から飛び出して行く。その賑やかな声を聞いて、美容室に来ていたお客さんは「美緒ちゃんは相変わらず元気ね」なんて言っていた。事情を全く知らない人から見たら、いつもと変わらない穏やかな日常そのもの。しかし、由梨の表情からスッと笑顔が消えていた。美緒の病気の事だけでも大変なのに、まさか、俊もあんなひどい目に遭うなんて……。由梨は急遽北海道に行くことになった俊の母から話を聞いていた。俊が事故に遭い、重体であること。もしかしたら美緒の心が不安定になり、ケアが必要になるかもしれないと言っていた。俊のことが心配なのにも関わらず、美緒にまで気を配ってくれて本当にありがたかった。由梨も覚悟をして、美緒がどんな顔をして帰ってくるかとハラハラとしていたけれど……思っていた以上に元気に、いや無理やり『自分は元気だ』とアピールしているようにも見える。眉のあたりに力がこもっていたので、それをほぐしてからお客さんの前に戻った。

 家を飛び出した美緒は、まず近所の文房具店に向かう。そこで花柄と星柄の便箋セットをそれぞれ買った。俊にお願いされた通りに手紙を書くために。その帰りに俊のお母さんから借りたお金のお釣りだけでも返そうと俊の家にも寄る。けれど、家には誰もいなかったみたいで、何度かチャイムを鳴らしてみたけれどシンと静まり返ったままだった。しばらく誰か帰ってこないかと待ってみたけれど、夕日が沈む方が早かった。

すっかり暗くなってから自宅に戻る。美緒は買ってきた封筒に俊のお母さんから借りているお金を入れて、間違って使わないように封をする。さっそく俊に手紙を書こうと思った時、由梨が階下から美緒を呼ぶ声が聞こえてきた。美緒がリビングに降りると、由梨は二人分のマグカップにお茶を淹れる用意をしていた。

「全く、帰って来たと思ったらすぐに出て行って……何かあったの?」
「……お姉ちゃんは聞いてる? 俊の事」

 由梨はその言葉に深く頷いた。そして「美緒に話があるの」と美緒のマグカップをテーブルに置いた。美緒も「お土産食べようよ」と言って、置きっぱなしにしていたスーツケースの中からチョコレートが塗られたポテトチップスを出してリビングに置いた。

「ありがとう。……俊君の容態って、今どうなの? 美緒は知ってるの?」
「うん」

 美緒は今日、ホテルを飛び出して俊に会いに行った話をする。由梨はその話を聞いて、まるで信じられないと言わんばかりに口をあんぐりを開けて聞いていた。

「今度学校に行くとき、先生に謝らないと……」

 そう言って肩を落とす。けれどすぐに顔をあげた。

「でも、美緒が俊君に会えてよかった。……実はね、美緒が修学旅行に行っている間、病院の先生と話をしてきたの」

 今度は美緒が由梨の話に耳を傾ける番だった。

由梨との話を終えた美緒は自分の部屋に戻って、便箋を取り出して、今度こそ手紙を書こうと思った。どんなことを書こうか少し迷ってから、美緒は「俊へ」と綴り始める。



俊へ

 修学旅行から帰ってきて、初めての手紙を書きます。ちょっと前に家に帰ってきたところです。今、お姉ちゃんと話をしてきて、明日学校に行って、治療のために休学することを先生に話すことになりました。
 どうやら私の担当をしているお医者さんが有名な先生に相談したところ、もっと精密に検査を受ける必要があるとアドバイスしたらしく、その検査のために早めに入院する必要があるみたいです。そしてそのまま、手術をすることになりました。
 私が休学したら、クラスメイトのみんなはびっくりするかな? 私が病気になったという事は、休学して私がいなくなってからみんなに伝えて欲しいとお願いしようと思います。もしかしたら、教室で泣いちゃうかもしれないし。そうなったらとても恥ずかしいから、それまではみんなに内緒にしてもらいます。あと、後遺症のことも。
 休学することは先ほど桃ちゃんと凪にも連絡しました。入院すると言ったら、さっそくお見舞いに来てくれるみたい。二人が会いに来てくれるのはとても楽しみです。

 手術は入院してから、検査によるけれど、一週間から二週間くらい先になるとお姉ちゃんが言っていました。

 俊の怪我はどうかすぐ治りますように。



 美緒は書き終えた手紙を封筒に入れて、俊が入院している病院の住所を書いた。由梨には「コンビニに行く」と言って、ポシェットとその手紙を持って外に出た。夜空には細い三日月が控えめに浮かんでいて、その周りには小さな星々が瞬いていた。夜になると、少しだけ残っていた夏の暑さがいなくなってしまったと思うくらい涼しくなっていた。一秒でも早く手紙を出したい美緒は、大急ぎでコンビニに向かい切手を買い、それを封筒に貼りつけてポストに投函した。その帰りにいつものあの公園に寄る。ベンチに座ってどれだけ時間が経っても、もちろん俊は来ない。空を見上げて、遠くにいる俊の事を思った。少し冷たい風が吹いてきたけれど、美緒はしばらくそのままだった。一人で季節が移り変わっていくのを見届けるのは初めてだった。いつも、美緒の側には俊がいた。

「……俊」

 美緒はその名前を呼ぶ。月に向かって呼びかけたら、俊にも聞こえないかな? そんな夢みたいなことを考えた次の瞬間、美緒は頭痛を感じていた。それが過ぎていくのを深呼吸をして堪える、早く手術しなければいけないのは美緒にも分かっている。その現実が、夢を見る時間すら与えなかった。

「また準備しないと……」

 少し頭痛が和らいだころ、美緒は立ち上がった。修学旅行の名残がまだそこにあるのに、スーツケースにまた入院セットを詰めなきゃいけない。美緒は大きなため息をついてから、公園を後にした。