「美緒に渡そうと思って、お守り買ってきたんだ。……こんなものが効くとは思えないけどさ、気休めになるかなって思って」
はい、と俊は美緒にそれを渡す。美緒が開けて中身を取り出すと、薄いピンク色をした健康祈願のお守りが出てきた。まるで桜みたいな色で、美緒はひと目でそれを気にいった。
「ありがとう、俊」
美緒はそれを両手で包み込む。それは、まるで俊に触れた時みたいにじんわりと温かいような気がした。これがあるだけで、何だか力が湧いて来る。病気に立ち向かう勇気が出て来たとまでは言えないけれど、少しだけなら頑張ることができるような力。これはご利益って言うのかな?
「これ、検査の日にも持って行くね」
「そのために買ったんだから。肌身離さず身に着けておくように」
「ふふ! はーい!」
俊も、美緒の軽やかな笑顔にほっと一安心していた。
検査で入院する前に、美緒はもう一度だけ凪と桃子に会いたいと思った。美緒が連絡すると、二人とも週末が暇だと言っていたので、その日に会う約束を取り付ける。今度こそ、二人に絶対話をしようと決意をしていた。由梨もそんな美緒の決意を知ってか知らずか、髪も丁寧にアレンジをかけてくれた。ヘアアイロンでふわふわとカールが巻かれた髪を揺らして美緒は待ち合わせ場所にしたコーヒーショップに向かう。美緒がアイスココアを買って空いている席を探そうと見渡した時、二人が小さな丸テーブルを囲んでいる姿が目に飛び込んできた。美緒が歩み寄ると、二人は一瞬考えるような顔をした。
「え、美緒ちゃん!?」
「すご、髪切っちゃったの?」
やっぱり、二人ともすごく驚いた。美緒のトレードマークだったロングヘアがなくなってしまったのを見て、桃子は変な勘違いをする。
「も、もしかして、失恋とか?! 大丈夫?」
「そんなわけないじゃん、浅香君が美緒の事振るなんて思えないし……あ、もしかして、修学旅行前にイメチェン?」
美緒は「今だ」と口を開いて話をしようとする。しかし言葉は胸のあたりでひっかかり、出てこなかった。美緒は凪の言葉に曖昧に頷いてしまう。
「まあ、その方が乾かしやすいもんね。ロングって大変そうだし」
「でも、もったいないなぁ。あんなに綺麗だったのに」
美緒はあることを思い出して、口を開く。
「髪、寄付したんだ。ヘアドネーションって言うんだけど、知ってる?」
二人とも知らない様子だったので、美緒は軽く説明をした。二人は「へー」と感嘆の声を漏らす。
「髪も寄付できるんだね、全然知らなかった」
「すごいじゃん、美緒。誰かが喜んでくれるといいね」
「……うん」
自分自身が髪を切ったのも、いずれ病気で髪がなくなってしまうかもしれないからだと、美緒は中々切り出すことができなかった。彼女の表情が曇り始めるのに気づいた桃子は、持っていたアイスティーを一気に飲んでしまう。
「よし! 早く飲んで、新生美緒ちゃんのプリ撮りに行こう」
そう言って、勢いよく立ち上がっていた。
「美緒、今来たばっかりだよ。ゆっくりさせてあげようよ」
「でも美緒ちゃんのショートカット記念だよ~、早く行こう~」
「ちょ、ちょっと待ってて」
凪は駄々をこねる桃子に呆れるように笑い、コーヒーを飲み干していく。美緒もなるべく急いで、買ったばかりのアイスココアを飲んだ。
桃子を先頭にして、三人はゲームセンターに向かっていく。桃子の後ろを歩く凪は、美緒にそっと声をかける。
「ホント、無理しなくていいからね」
「え?」
「何か言いたいことがあるのかなって思って。でも、美緒が話をしたいって思った時でいいから」
この三人の中で、凪が一番大人っぽい。だから、悩みを聞いてそのアドバイスをするのも自然と凪の役割になっていた。彼女は美緒がずっと何か思い詰めていることに気づいていたからこそ、あえてそこから自分達を遠ざけていく。もしかしたら、自分と桃子が負担になっているのかもしれない。もしそうだったら、もう自分たちのことなんて考えなくていいよ、と。
「うん」
「まずは楽しむことを考えよう。そうだ、プリ撮ったらさ、美緒の服でも見に行かない?」
凪の提案に、桃子が振り返って大きく頷く。
「賛成! 新しい髪型に似合う服買わないとね」
「……うん!」
結局、美緒は自分の病気の事を話すことはできなかった。けれど、その代わりに『どこにでもいる普通の高校生』に戻って今日一日を楽しむことに決めた。いつかこの楽しかった思い出もなくなってしまう……そんな恐怖を打ち消すように、美緒は笑う。
いつか絶対、必ず話をするからね。美緒は心の中で二人に約束する。その秘密をいつ伝えようかと思った時、美緒にはある考えが浮かんでいた。
家に帰ってきた美緒は、入院の準備を始める。真新しいスーツケースに下着やタオル、由梨がこの前コンビニで買ってきた箸や歯ブラシ、洗顔道具も詰めていく。本当は修学旅行のために買ったスーツケースなのに、先にこんなことに使うなんて、美緒は大きくため息をついた。今日使ったバッグの中に必要な物はないかと確認した時、今日撮った写真シールが出てきた。美緒は荷造りの手を止めて、終業式の時に撮った物を机から取り出した。大はしゃぎでポーズを撮る桃子、いつもと変わらないクールな笑みの凪、そしていつも通りに見える美緒の姿。美緒はそのシールを机のよく見える場所に並べて貼る。楽しかった記憶が、ここにあればいつでも思い出せるに違いない。また三人で遊べる日は来るのかな? 今と変わらない関係で……そんな新しい不安が胸をよぎった。
はい、と俊は美緒にそれを渡す。美緒が開けて中身を取り出すと、薄いピンク色をした健康祈願のお守りが出てきた。まるで桜みたいな色で、美緒はひと目でそれを気にいった。
「ありがとう、俊」
美緒はそれを両手で包み込む。それは、まるで俊に触れた時みたいにじんわりと温かいような気がした。これがあるだけで、何だか力が湧いて来る。病気に立ち向かう勇気が出て来たとまでは言えないけれど、少しだけなら頑張ることができるような力。これはご利益って言うのかな?
「これ、検査の日にも持って行くね」
「そのために買ったんだから。肌身離さず身に着けておくように」
「ふふ! はーい!」
俊も、美緒の軽やかな笑顔にほっと一安心していた。
検査で入院する前に、美緒はもう一度だけ凪と桃子に会いたいと思った。美緒が連絡すると、二人とも週末が暇だと言っていたので、その日に会う約束を取り付ける。今度こそ、二人に絶対話をしようと決意をしていた。由梨もそんな美緒の決意を知ってか知らずか、髪も丁寧にアレンジをかけてくれた。ヘアアイロンでふわふわとカールが巻かれた髪を揺らして美緒は待ち合わせ場所にしたコーヒーショップに向かう。美緒がアイスココアを買って空いている席を探そうと見渡した時、二人が小さな丸テーブルを囲んでいる姿が目に飛び込んできた。美緒が歩み寄ると、二人は一瞬考えるような顔をした。
「え、美緒ちゃん!?」
「すご、髪切っちゃったの?」
やっぱり、二人ともすごく驚いた。美緒のトレードマークだったロングヘアがなくなってしまったのを見て、桃子は変な勘違いをする。
「も、もしかして、失恋とか?! 大丈夫?」
「そんなわけないじゃん、浅香君が美緒の事振るなんて思えないし……あ、もしかして、修学旅行前にイメチェン?」
美緒は「今だ」と口を開いて話をしようとする。しかし言葉は胸のあたりでひっかかり、出てこなかった。美緒は凪の言葉に曖昧に頷いてしまう。
「まあ、その方が乾かしやすいもんね。ロングって大変そうだし」
「でも、もったいないなぁ。あんなに綺麗だったのに」
美緒はあることを思い出して、口を開く。
「髪、寄付したんだ。ヘアドネーションって言うんだけど、知ってる?」
二人とも知らない様子だったので、美緒は軽く説明をした。二人は「へー」と感嘆の声を漏らす。
「髪も寄付できるんだね、全然知らなかった」
「すごいじゃん、美緒。誰かが喜んでくれるといいね」
「……うん」
自分自身が髪を切ったのも、いずれ病気で髪がなくなってしまうかもしれないからだと、美緒は中々切り出すことができなかった。彼女の表情が曇り始めるのに気づいた桃子は、持っていたアイスティーを一気に飲んでしまう。
「よし! 早く飲んで、新生美緒ちゃんのプリ撮りに行こう」
そう言って、勢いよく立ち上がっていた。
「美緒、今来たばっかりだよ。ゆっくりさせてあげようよ」
「でも美緒ちゃんのショートカット記念だよ~、早く行こう~」
「ちょ、ちょっと待ってて」
凪は駄々をこねる桃子に呆れるように笑い、コーヒーを飲み干していく。美緒もなるべく急いで、買ったばかりのアイスココアを飲んだ。
桃子を先頭にして、三人はゲームセンターに向かっていく。桃子の後ろを歩く凪は、美緒にそっと声をかける。
「ホント、無理しなくていいからね」
「え?」
「何か言いたいことがあるのかなって思って。でも、美緒が話をしたいって思った時でいいから」
この三人の中で、凪が一番大人っぽい。だから、悩みを聞いてそのアドバイスをするのも自然と凪の役割になっていた。彼女は美緒がずっと何か思い詰めていることに気づいていたからこそ、あえてそこから自分達を遠ざけていく。もしかしたら、自分と桃子が負担になっているのかもしれない。もしそうだったら、もう自分たちのことなんて考えなくていいよ、と。
「うん」
「まずは楽しむことを考えよう。そうだ、プリ撮ったらさ、美緒の服でも見に行かない?」
凪の提案に、桃子が振り返って大きく頷く。
「賛成! 新しい髪型に似合う服買わないとね」
「……うん!」
結局、美緒は自分の病気の事を話すことはできなかった。けれど、その代わりに『どこにでもいる普通の高校生』に戻って今日一日を楽しむことに決めた。いつかこの楽しかった思い出もなくなってしまう……そんな恐怖を打ち消すように、美緒は笑う。
いつか絶対、必ず話をするからね。美緒は心の中で二人に約束する。その秘密をいつ伝えようかと思った時、美緒にはある考えが浮かんでいた。
家に帰ってきた美緒は、入院の準備を始める。真新しいスーツケースに下着やタオル、由梨がこの前コンビニで買ってきた箸や歯ブラシ、洗顔道具も詰めていく。本当は修学旅行のために買ったスーツケースなのに、先にこんなことに使うなんて、美緒は大きくため息をついた。今日使ったバッグの中に必要な物はないかと確認した時、今日撮った写真シールが出てきた。美緒は荷造りの手を止めて、終業式の時に撮った物を机から取り出した。大はしゃぎでポーズを撮る桃子、いつもと変わらないクールな笑みの凪、そしていつも通りに見える美緒の姿。美緒はそのシールを机のよく見える場所に並べて貼る。楽しかった記憶が、ここにあればいつでも思い出せるに違いない。また三人で遊べる日は来るのかな? 今と変わらない関係で……そんな新しい不安が胸をよぎった。