全日本ジュニアと都団体から数日が経った、とある夜。俺と結花は連れ立って町を散歩していた。
 結花は優勝してからずっとメディアの対応などで忙しくしていて、落ち着いて二人で会うのは久しぶりだった。涼やかな風が隣の結花の髪を揺らし、彼女が心地良さように瞳を細める。その横顔をじっと見つめていると、不思議そうに結花が首を傾げた。
「なに、どうしたの?」
「いや、別に。普通に見惚れてただけだ」
「——っ、あのさ、急にそういうこと言われるの、心臓に悪いんだけど……」
 顔を赤くしながら文句を言ってくる結花に対して、俺は肩を竦めた。ただ事実を言っただけだ。けど、思ったことをちゃんと言葉にしようと心掛けているうち、照れる結花の顔が見たくなっているのは否定しない。
「あと、めっちゃ色んな人からもう言われてると思うけど。改めて、優勝おめでとう」
「……うん、ありがと」
 言うと、朗らかに結花が笑う。
「私としては、やっとって感じだけどね。あの試合以来、スポンサー契約の話とかプロ転向はいつなのかとか、急にそういう話が増えてほんとに大変」
「そりゃあ、あの試合はマジでヤバかったからな……。でも良いことじゃん」
「それはそうなんだけど……」
 結花は不満げな声を漏らすと、その場で立ち止まる。
「結花?」
 そして彼女は、俺の方に向き直ると、真っすぐな瞳で俺を見つめてきた。
「——ねえ、春斗。一つだけ聞いていい?」
「どうした?」
「多分ね、現実的に考えたら高校卒業にプロ転向すると思うんだけど。プロになったら海外のツアーを一年中周ることになるでしょ?」
 それで、あの、と結花が口ごもる。 でも、その先は言わずとも分かった。だから、俺が先にその答えを口にする。
「——俺は結花の傍に居るよ。そりゃ俺も大学とかあるだろうし、ずっと隣に居るのはまだ難しいけど。でも、ちゃんと傍に居る。言ったろ、二度と離さないって」
 一度、放してしまった手。ひどく、傷つけてしまった大切な人。
 でも、だからこそ俺は誓える。たとえこの先何があろうとも、どんな困難があったとしても。もう絶対に手を離したりはしないと、強く、強く。
「それ、結構重くない?」
 俺の言葉に、結花が泣き笑いを浮かべて言う。
「うるせえ。結花も大概だろ」
 デコピンで結花の額を弾いて、俺もまた笑った。
 月明かりに照らされて、影が伸びる。
 二つの影はゆらゆら揺れて、やがて、一つに重なって。これから何処までも続いてゆく長い道を、再び寄り添って歩き始めた。

(完)