「いや、そう言われましても」
「虫」
「え?」
「頭についてる変な虫、取れなくなってもいいんだ」
少し無理のある設定だったけれど、ひっ、と声を上げて固まる彼女からふたりが見えないよう腕に力を込めた。
その隙にちらりと下を見れば、ようやく女の顔が見えた。
なんと、相手は養護教諭の加賀美だった。
大学を卒業したばかりの若い教員で、ふわふわとした見た目が可愛いと編入初日から男子生徒の間で噂になっていた。
ふたりが校内で話しているのを目撃したことはあるが、まさかこんな事になっているとは思いもしなかった。
きっと誰かに見られているなんて思ってもいないだろう。
周りを気にしながらもふたりの世界に浸り指を絡ませ、時折楽しそうに笑い合っていた。仲睦まじい様子を桜井月に見せられるはずもなく、抱き寄せたこの手を離すわけにはいかなかった。
「虫取れた?」
「まだ」
「そろそろこの体勢恥ずかしいんだけど」
必死にもがいている小さな体を見下ろす。
俺はなにをしているのだろう。どうしても余計なものばかり見てしまうタイミングの悪さに頭を抱えた。