「じゃあ、この雰囲気だし怖い話とかしちゃう?」

 熊は顎の下で懐中電灯を持って、自分の顔を照らしながら不気味に笑う。

「却下」

 しかし意外にも即答したのは林太郎だった。

「なになに林太郎、怖いの苦手な感じ?」
「別に苦手じゃない。わざわざ聞こうと思わないだけ」

 からかってくる熊の手を、林太郎は鬱陶しそうに振り払う。やりとりを笑う桜井月の声が響いた。

「この島に奇妙な噂があるって知ってる?」

 すると遠くから桐島の声がした。

 熊が驚いて懐中電灯を向けたら、いつの間にかソファに座っていた彼女がわざとらしくキャンドルの前に顔を出していた。

 なにが始まったのかと目を見合わせていたら、「なんか面白そうじゃん」と真っ先に熊が動き出した。あまり迷信や伝説の類を信じていない俺はどうしても乗り気になれないが、腕を引っ張られ仕方なく座る。

 林太郎も嫌々ながら、桐島から一番遠い場所に腰を下ろした。

「昔々、あまりにも美しく産まれた資産家の娘がいた」

 キャンドルと桐島の風貌が相まって、どこかの洋館にでもいる気分になった。