「いや、わりぃ」

 熊は口元を押さえ、余計なことを言ってしまったとばかりに顔を青ざめさせる。

「いいって別に」

 笑って誤魔化すが、それでも心配そうにこちらを見てきた。

 俺は熊に気を使わせないよう平静を装う。なんだよ、と口にしながら持っていたボールをひょいっと投げた。


 自室に戻ってからベッドに寝そべり天井を見つめるが、内心はひどく動揺していた。

 あれから一年だ。思い出さないように努めてきたけれど、どうしても不意に蘇ってくるあの感覚はまとわりついて離れない。

 俺は、元々ジュニアの中では有名な競泳選手で、個人メドレーでオリンピックも目指していた。

 プロからも実力を評価され、多くの選手を輩出している体育大の附属高校にスポーツ推薦で進学できた。将来は約束されていたようなものだった。

 しかし、あの日を境に世界は一八〇度変わった。

 水泳部に入ってから力試しのように出場した夏の新人大会は、今日のような雲ひとつない快晴の中で行われた。

 期待の新星なんて言われ雑誌にも取り上げられ、ジュニアのトップとして負けられなかった。部内でも先輩たちから一目置かれていつも以上に勝ちにこだわり、きっと自分の中でどこかプレッシャーを感じていたんだと思う。

 だから前日まで必要以上に練習し、部活が終わったあともこっそり以前通っていたスイミングスクールで泳ぎ続けた。顧問からは休むことも大事だと過度な練習を止められていたけれど、俺は耳をかさなかった。

 努力は報われる。自分のやり方は間違っていない。自分の考えを信じて疑わなかった。