「ただいまー」

 熊が玄関を開け、中にいるであろうマリアに向かって叫ぶ。しかし、しんと静まる室内に人のいる気配はなかった。

「珍しい、いないんだ」

 そのままスニーカーと靴下を脱ぎ捨て家中を走り回って探しにいったけれど、マリアはどこにもいなかった。

「おい、これ」

 林太郎が机の上に置かれた一枚のメモを見つける。俺たちは顔を寄せ合い注目した。

【港を手伝ってきます。頑張って早く帰るつもりだけど、林太郎、またご飯作ってくれてもいいのよ】

 桜井月は最後の一文を読み終えた頃にくすりと笑う。

「見るな」

 同時にみんなの視線が集中し、林太郎はたまらず背を向けた。

「出ないな」

 俺はすぐにリビングの固定電話で港にかけてみた。しかし先ほどの台風が影響してか上手く繋がらなかった。

 港は桜井月たちが住んでいる家にほど近く、寸断されている道の向こうにある。おそらく戻ってくる手段をなくしているのだろう。

「よし、これでもやって待とうぜ」

 心配を募らせる中、熊の口からは底抜けに明るい声が飛んだ。

「大丈夫だって! ふらっと帰ってくるから」

 机の上で勝手に人数分のトランプを配り始め、早く来いと言わんばかりに手招きしてくる。様子を伺いながらも結局熊のペースに乗せられて、ババ抜き大会が始まった。