「オリンピックってそんな凄い人だったの?」
「もう終わった話だよ」
目をキラキラとさせる彼女の表情が余計につらかった。
「こっちで泳いでるところ見たことないけど。あっ、今度……」
「もうやめてくれ!」
思わず声を荒げてしまった。
ハッとして顔を上げると、悪気なく楽しそうに笑っていた彼女からだんだんと表情が消えていく。言葉を失ったまま黙り込むのを見て言い過ぎたと少しばかり反省した。
彼女が黙ってその場の空気が重くなる。
俺自身の心も余計に重たくなっていった。
洞穴に吹き込むすさまじい音が俺たちを不安にさせた。時間が経つにつれて体力は奪われていき、口数も少なくなる。自然の力に恐怖心が煽られた。
「おい、なにして」
桐島はおもむろに立ち上がり、ふらふらと歩き出す。膝の辺りに水面がきたところで慌てて腕を触ると、思いっきり振り払われた。
「助けなきゃ良かったのに」
小さくか細い声が岩場に打ち付ける波の勢いにかき消される。
「あのまま死にたかった。私なんて死ねば良かった」
潮の流れに足がとられそうになるのを必死に堪えながら、思いつめたような彼女を前にして、拳に力がこもった。