「汐江海、競泳界のプリンス」

 聞き覚えのない声がした。

 振り返れば、ムッとした表情の桐島がこちらを見上げていて、初めて聞く彼女の声は想像していたよりも低く落ち着いていた。

「未来のオリンピック候補。期待の新星」

 完全に油断していた。

 心臓がどくんと脈打つ。淡々と続けてくる言葉を止める余裕もなく、耳を塞ぎたくなった。

「え、なになに」

 動揺する桜井月の横で、俺は蓋をしてしまいこんでいた記憶の箱を引っ張り出された気分だ。

「あんたのこと、前に雑誌で見たことある」

 この島で俺の過去を知るのはせいぜい大人たちくらいだろうと思っていたから、桐島が知っていたことに衝撃を受けた。

 桜井月は訳が分からないというように右往左往として、俺たちを交互に見ていた。

「余計なこと言ったお返しだから」

 呆然と固まる俺に追い打ちをかけてきた。仕返しが成功したと得意げな表情を浮かべて、どうも桐島の地雷を踏んだようだ。

「そういうときは喋んのな」

 面倒なことを言わなければ良かったと天を仰ぐ。

 荒々しい水しぶきの音が聞こえる中、視線を送ってくる桜井月がじわじわと近寄ってきたのが分かり無意識に頭をかいた。