先ほど岩場にいた人物がふと頭をよぎり、今更になってウエットスーツからはみ出す髪がオレンジ色に見えたような気がしてならなかった。

 岩場にはもう誰もいない。

 何もなければいいと思いながら、姿が見えないことに一抹の不安を感じる。

 近くの黄色いロープを触り、急に冷静になる。岩場はその境界線よりも向こう側だった。

 波がさっきよりも増して高くなっていくのが分かり、水中に潜った俺の頭上を黄色いロープが通過した。

 遠くの方からは笛の音が何度も聞こえてきたが、なんとなくこのまま戻ってはいけないような胸騒ぎがした。

 やっぱりいた。人影が見えて水面に顔を出す。

「え、海くん!」
「なんでお前までいるの」

 桐島だけだと思っていたら、なぜか桜井月まで身動きが取れずに隠れていた。

「桐島さん、足がつってて動けないみたいなの」

 一言も発しない彼女は気まずそうに俯き、目を泳がせている。長いこと必死に捕まっていたからか、岩場を掴む指がぷるぷると震えていた。

「とにかく風が強くなってきたからここから動かないと」

 桐島の体を支えながら辺りを見渡す。

 一瞬嫌がって離れようとしたけれど、岩と岩の間は波の勢いが強すぎて流されそうになる体を無理やり引き寄せた。

 打ち付ける水しぶきのせいで息がしづらい。

 必死で岩肌にしがみつくもののどんどん水圧は増していき、一刻を争った。