しばらくビーチ沿いの道を歩いた。
港から遠ざかり、ポケットに入れていたイヤホンを取り出す。空を見上げると今日は満月で、なんだか音楽の世界に浸りたくなった。
音楽プレイヤーで曲を選んでいたら、突然耳に入れたイヤホンから歌が流れこんできた。
一瞬、勝手に曲でも流れ出したのかと思ったが、まだなにも鳴らしていない。
不思議に思いゆっくりイヤホンを外したら、それでも歌が聞こえてきた。
顔を上げて初めてその正体に気づく。
周囲に広がるテトラポットの上で、オレンジ色の髪が空から落ちる光に照らされてなびいていた。
こちらの存在には全く気づいていない。透き通るような声を風に乗せ、満月の夜空を見つめている。しばらく彼女の後ろに立って歌声を聴き入っていた。
「声出るんじゃん」
不意に話しかけたら、びくっと細い体を震わせた。
凄い形相で振り返ったかと思えば、茹ダコのごとく顔を真っ赤にさせた。
桐島はテトラポットから飛び降りた。地面についた瞬間、慌てて立ち上がり顔を伏せたまま足早に逃げていく。意外な場面を目撃してしまった。
どこかで聞き覚えのある歌は、まだ続く道のりのBGMになる。彼女の歌が耳から離れず、ひとりで小さく鼻歌を奏でた。
「あー! どこ行ってたんだよ、海」
ビーチに戻るなり熊に叫ばれた。俺はごめんと手を立てながら砂浜を進んでいく。
「珍し、炭酸なんて買ってる」
「あー」
手には二種類の炭酸飲料を持ち桜井月の姿を探すが、女子たちの輪の中心できゃっきゃと談笑している姿が見えた。