「息ぴったりなんですけど」
苦笑いを浮かべる熊を睨みつけながら出かけようとしていたのを思い出し、部屋に自転車の鍵を取りに戻る。
「そうだ、これから港の市場行くんだけど壇もどう?」
基本的に誰に対しても壁を作らない熊は、なかなか初対面では誘いづらいであろう壇にまでいとも容易く声をかける。
当の本人は一瞬こちらを見たかと思えば、仏頂面で寝返りをうった。
きっと休日はひとりで過ごしたいタイプなんだろう。
「行くぞ」
少し残念そうにする熊の背中を押し、家を出ようと促す。外に置いてあった自転車にまたがり、出発しようとした。途端に玄関の扉が開いて意外な人物が顔を出す。
「暇つぶしだから」
低い声で囁く壇が自転車にまたがり並んだのだ。
面食らう俺の隣では、よしっと嬉しそうに笑う熊が先頭になってペダルをこぎ始める。絶対に来ないと思っていたのに、ふたりが並走している光景が信じられない。戸惑いつつ、ワンテンポ遅れてあとをついていった。
「その髪染めてんの?」
「そうだけど」
「結構色抜いてるっしょ。痛くなかった?」
「別に」
塩対応を受けると分かっていながら、めげずに壇を質問攻めにしている会話が風に乗って聞こえてきた。