「はい、桜井遭難しました」
隣では目を泳がせて固まったまま、パクパクと口を動かしている。
「朝倉先生もういいじゃないですか。人命救助です。むしろ褒めてあげないと」
朝倉の後ろから、キャンプで配給用テントにいた女教師が顔を出した。
「桜井さん、怪我は?」
「大丈夫です」
「そう、大変だったわね」
作り話だと勘づかれているかもしれない。それでも嘘だと証明されず、この場を乗り切れさえすればそれでいい。
「彼女を家まで送ってきます。ここはもういいですね、朝倉先生」
女教師が念を押すようにいなす。人命救助だという建前上、攻め立てることができなかったのか、朝倉は渋い顔を見せて仕方なく承諾した。
「さあ壇くんも家に入りなさい。汐江くんは自転車で帰れるわね。皆さん、もうここは解散です」
教師たちもぞろぞろと引き上げていった。
自転車を起こしてさっさとこの場から消えようとペダルをこぎだしたら、朝倉にグッとハンドルを掴まれた。
「お前は特別だ。オリンピックを目指して真剣になにかに打ち込んできたやつは違う」
ふたりだけの空間で、予想もしていなかったセリフに眉がピクリと動く。
「どうして壇なんかに関わる」
しばらく目を合わせていたが、話す価値はなかった。なにも言わず自転車をこぎ出す。
やはり俺は朝倉だけは好きになれなかった。