あの道を通らなければなにも見ずにすんだだろう。知らん顔して素通りすれば親友に秘密を抱えることもなかっただろう。
見覚えのある顔に足を止め、しっかりとこの目で見てしまったことを後悔している。
相手の顔は見えなかったが、桜井月には恋人がいて、この島のどこかにいることは明らかだった。
「汐江くん、戻ってくるとき月ちゃん見なかった?」
「へ?」
彼女のルームメイトからあまりにもタイムリーに尋ねられ、思わず声が裏返った。
「トイレに行くって言ったっきり戻ってきてないから、どっかで迷ってるのかなって。ね?」
「うん」
きょろきょろと心配そうに辺り見渡す彼女たちを見て、咄嗟の言い訳が思いつかなかった。
「ああ、いやあ」
なぜ俺がこんなに焦っているのか。
でも熊が知れば相当なショックを受けるに違いなく、真実を聞かせるわけにはいかなかった。
桜井月に恋人がいると分かったら、ここへ来た唯一の目的が編入して二日もたたずに消えてしまう。さすがにそんな残酷なこと、俺にはできない。
「探しに行ってくる」
熊は洗っていた調理器具を手から離し、勢いよく立ち上がる。
俺の出番だと言わんばかりに気合十分で、これはまずい、と思い慌てて腕をつかんでいた。