しかし今日は、そういうものを見てしまう日なのかもしれない。
水を汲み終え近道を見つけたと、歩いて来たルートを外れたら、それが運命の分かれ道だった。衝撃的な光景を目の当たりにした。
「来ちゃった!」
「来ちゃったじゃないだろ、まったく」
道と言わない人も通らないような木の陰で抱き合っているカップルの声を聞く。
艶やかな長い黒髪を耳にかけ、青いジャージを着た男の首元に腕をまわす。女は唇が触れ合う寸前で男の顔を見つめた。
思わずバケツを落として、気づかれてしまわないかとヒヤヒヤした。
彼女の横顔を見た瞬間、足が地面に吸い付いてしまったように固まって動けなくなる。
可愛らしい笑顔とは裏腹に、女の顔になってうっとりと男に釘付けになっているその人物をよく知っていた。
明らかにそれは、紛れもなく。桜井月の姿だった。
動揺を抑えながらみんなの元へ戻る。
「海、遅かったじゃん」
第一声に熊の声を聞いて、わざとらしく目をそらしてしまった。
「え、なに」
「いや別に」
熊の気持ちを知っている手前、目撃した光景を話すこともできずひとりもやもやとした感情に襲われる。