「桜井さんだっけ?」

 自分の名前が出た瞬間、動揺を隠せずに後ずさる。

「とりあえず頭撫でて優しくしたら大人しくしてるよ」
「ひどい。こんなところまでついてきた純粋な気持ちを」

 誠くんの言葉がぐさぐさと胸に突き刺さる。

 サマーキャンプのとき私を抱きしめてくれた彼のぬくもりはなんだったのか。

 全身に鳥肌が立った。

 頭の中は混乱する一方で、なんで、どうしてとそんな言葉がぐるぐると回る。

 彼は私の知っている誠くんではない、別人のようだった。

「なんか勝手に彼女気取りでさ」
「あら、本当に付き合ってたりして」
「まさか。俺が好きなのは君だけだから」

 何もかも信じられなかった。

 無意識に彼からもらったブレスレットに触れ、ぎゅっと力がこもる。

 『付き合おう』と言ってくれた言葉は今でも鮮明に覚えているのに、彼にとってはもはやストーカーだった。

 愛おしそうに加賀美先生の長い前髪を耳にかける彼の横顔が悪魔に見えた。

「あなたも私のこと追いかけてきたんだっけ?」
「そうだよ。だから俺の純粋な気持ちはもてあそばないでよ」

 冗談めいた顔で交わされる会話には寒気がした。