「あの、あいつにも言っといて」

 口をもごもごさせ、続けて「ほら」と口にする。

「あいつ?」

 ハッキリしない彼女の言葉を聞き返すと、察してくれと言わんばかりに自分の怪我を指して、ぎこちなく目を泳がせた。

 すぐに林太郎の顔が浮かび、ああ、と声が出た。

「自分で言えよ」

 言った途端、あっと紙袋の存在を思い出す。

 一番上に乗っていたオレンジの花を、放物線を描いて彼女のもとへ届けた。慌ててキャッチしたものの、なに? という初めて見たときの反応は俺と同じだった。

「あー、帰ったら聞いて」

 面倒になりここは桜井月に任せることにする。

 俺はそのまま音楽室を出た。

「お、もしかして準備?」

 ちょうど階段をおりて帰ろうとしたところだった。

 のぼってきた佐伯先生に出会し、足を止める。

「順調に進んでる?」

 なにごともなかったかのように以前と変わらず接してくるが、どこか素直に受け入れられない自分がいる。

 不思議なもので、警察官だと知ってしまってから、教師として見れなくなっていた。

「まだ教師のフリしてたんすか」

 質問には答えなかった。

 目も合わせずに立っていると、踊り場まできた佐伯先生が腕組みをしながら壁に寄りかかる。