そうこうしている間に、桜の顔色はだいぶ良くなっていた。
「笑ったら、なんだかすっきりしちゃった」
「もう大丈夫なのか」
 うん、と頷いて桜は立ち上がる。その横に文也も並び、颯介もついて行くと言った。
「僕も久々に、二人と話していたいし」本を買いに来ていただけだと言う彼と共に、歩き出す。
 つい数か月前の中学生時代に戻った心持ちで、三人は話をする。互いに気の置けない友人同士、会話は弾む。
「そういえば颯介くん、薫子さんは元気?」
 桜の質問に、颯介は頷いた。
「うん。普段通りだよ」
「ごめんね。ゴールデンウィーク、四人で遊ぼうって言ってたのに、行けなくなって」
「気にしてないよ。もちろん一緒に遊べたら良かったけど、それよりも桜ちゃんが元気でいる方がずっと大事だよ。また次の機会だねって、彼女も言ってたよ」
 (おき)薫子(かおるこ)は、一つ年上の高校二年生で、颯介の恋人だ。二人は文芸部の活動で知り合い、一年前から付き合っている。気遣いの出来る彼女は颯介とお似合いで、桜も身近なお姉さんとして、彼女と親しくしていた。
「いいよなー。颯介は。付き合えて」
 文也はため息をつく。
「なあ、さくらー。俺たちも付き合おうぜー」
 何度繰り返したか分からない台詞に対し、「ばあか」と桜は一蹴する。
「人が付き合ってるから付き合いたいなんて、不純すぎるよ」
「違うよ。俺はずっとそう思ってんだよ。桜じゃないとこんなこと言わねえし」
「だから、私はまだ誰かと付き合うつもりなんてないの。この間に、もっといい人探したら」
「はあ?」文也は素っ頓狂な声を出す。「もっといい人なんかいるわけないだろ。俺は桜じゃないと嫌なの」
 言い合いをする二人を見て、颯介は笑う。
「相変わらず、フミの桜は咲かないみたいだね」
「そーすけからも何か言ってくれよ」
「こっちにふるなよ。僕はどっちの味方にもつけないよ」
 そうこうしている内に、あっという間にマンションに辿り着いた。六階建ての三階に桜は住んでいる。
 彼女もまだまだ話足りないようだった。久々に三人で会えたのだから、もっと一緒にいたい。そう思う、名残惜しい表情。
 しかし彼女が身体を休めた方が良いのは明白だ。だから颯介は自ら手を振った。
「じゃあ、桜ちゃん。気を付けてね。透析、大変だと思うけど、愚痴ならいつでも聞くから」
「うん、ありがとう。会えてよかった」笑顔の彼女は、文也からバッグを受け取る。「……ふーも」そう付け足す。
 自分には素直じゃない姿が、自分だけの特別に思えて文也は嫌な気はしない。「それじゃあ、また月曜な」
「わかった。二人とも、またね」
 後ろ髪を引かれながらも、彼女は去っていった。
 それを見送り、文也と颯介は駅にとんぼ返りする。会話の最中、颯介は文也が毎朝彼女を迎えに行っていることを知ると、目を丸くした。
「それって、まさか帰りも?」
「もちろん」
「ちょっと過保護じゃないかな」彼は渋い顔をする。「桜ちゃんも立派な高校生なのにさ」
「でも、それで登校中に倒れたりしたらどうすんだよ」
「彼女も自分の体調ぐらい自分で解ってると思うけど」
「……万が一ってことがあるだろ」
 文也も、自分の過保護さについては理解していた。彼女がこれから学校生活で友人を作っていく中で、幼馴染かつ異性である自分が、いつもくっついているのはよろしくない。
 それでも、もしものことを考えると、居ても立ってもいられないのだ。誰もいない道で桜が倒れて、搬送が遅れて、そのまま……だなんて。絶対に嫌だ。
 彼女が本気で拒絶するなら、渋々でも身を引くつもりだ。しかし文句や冗談を言いながら毎日待ち合わせてくれる限り、そばに居たい。登下校ぐらい共にしたい。自分は、桜が心配で、大好きなのだ。
「まあ、なんだかんだ言って、桜ちゃんも受け入れてるから。僕が口を挟むことじゃないのかもね」
 颯介は苦笑する。
「俺、桜のことだと周りが見えなくなるからさ。ヤバかったら教えてくれよ」
「フミは、ここまで桜ちゃんが好きなのにな」
「こんなこと頼めるの、そーすけしかいないんだ」
「はいはい、わかってるってば」
 二人は、どちらからともなく笑い合った。
 同じ中学校出身の仲良し三人組。その絆が変わらないことに、文也は安堵する。