午前中の部活を終えた颯介に会い、駅前の本屋に立ち寄り、ぶらぶらとさ迷い歩く。小腹が空いた頃、ファストフード店に流れ着いた。それぞれジュースを頼み、ひとパックのフライドポテトを両側からつまむ。
「そういえば、あの指輪、どうしたんだ」
正面の席で颯介が言うのに、ポテトをかじりながら文也は答える。
「あれな、桜の家に行って供えたよ」
「そっか。それが一番かもね」
結婚してくれと桜に渡した指輪を、文也が後生大事に持っていてもしょうがない。先日桜の家を訪れた時、自分たちが幼い頃に埋めたタイムカプセルを思い出して、それを掘り起こしてきたのだと律子に話した。おもちゃの指輪を差し出すと、彼女は目を潤ませて礼を言い、可愛らしいと笑った。それでも、流石に手紙は恥ずかしいから見せないでくれと桜に頼まれ、二通の封筒は押し入れの奥に一緒に隠している。
ただあのお守りは、今もスマートフォンにつけている。桜がふーに渡して欲しいと直接母親に伝えたお守りだ。これは一生大切に持っていようと思う。昔のプロポーズなど忘れたといった桜は、タイムカプセルの鍵を肌身離さず、お守りとして大事にしていた。その桜の想いが詰まった鍵は、今度は自分が大切にする番だと誓った。
学生や親子連れで賑わう騒がしい店内。ストローでオレンジジュースを飲み、「それにしても」と颯介は首をひねった。
「桜ちゃんは、一体なにが気になってるんだろうね」
「だよなー。もう検討つかねえよ」
「まだ忘れてることがあるんじゃないのか」
「流石にもうないと思うけどな」
「タイムカプセル以上なんて、想像つかないけどね。……それにしても、あの日は楽しかったな」
タイムカプセルを掘った後、すっかり日が暮れてしまったから、慰労会もかねて重三の家にみんなで泊まった。久々に食べた出前のピザは、やたらと美味しく感じられた。
「俺、あんまり記憶ねえんだけど」ずずずと音を立ててジュースを飲む。
「まあ、フミはすぐに寝ちゃったからな」
「だって酒なんか飲ませねえだろ、普通」
「自分だって興味津々で飲んでたくせに」
一番頑張ったからと、重三は文也のコップに酒を注いだ。これまで酒と縁がなかった文也も、興味を示したのは事実だった。それでも初めて摂取するには度数の高い酒に、疲れ切った頭と体は簡単に侵食され、気絶するように眠ってしまった。だから皆がどんな話で盛り上がっていたのかよく知らないまま、朝を迎えたのだ。その後、帰りの電車で一人になった時に「おはよう」と桜のメッセージを受信して目を疑ったのが、忘れられないあの日の一部始終だ。
「まあ、何ごとも経験だよ、経験」
「フミの口から出たとは思えないな」
「ふりだしに戻って悪いけど、またなんかあったら頼むよ」
「それはいいんだけど……本当に思いつかないな」
ポテトを食べ終わり、紙ナプキンで指を拭いて、颯介は文也の手元に目をやった。「それ、桜ちゃん?」
「ああ、いや、違う」
リンクの画面が見えていたらしい。相手は桜かと尋ねるのに、文也はチャットを彼に見せた。「夏澄と葉澄だよ。なんか、また皆で遊ばないかって。あの子ら、割と楽しんでたみたいだな」
あの出来事を遊びとしてとらえるなんて、なんとも陽気な双子だ。もしくは、打ち上げがよほど楽しかったのか。「次いつ来るん?」と画面は夏澄の台詞を受信している。
「流石だなあ。フミはどうするんだ」
「楽しみにしてるんなら、行こうかと思ってるけど。そういえば、俺、自分の家がどうなったか見てないし」
「確かに、桜ちゃんの家には行ったけど、フミが住んでたとこも気になるな」
「だろ。それなら、颯介たちも行こうぜ」
人数を増やそうと提案すると、是非にとすぐさま返事がある。再度繋がった双子との縁は、今しばらく続きそうだ。
「そうだ、薫子さんも、今度フミに会いたいって言ってたよ」
「俺に?」
「この前のこと話したいし、桜ちゃんのことも気になるし。それに、仕上がった作品、出来たら読んでもらえないかって」
「作品って、小説だよな。俺が読んでいいのか」
「彼女、あんまり周囲に公開するタイプじゃなくって、普段は部活繋がりの人にしか見せてないんだけど。新人賞に送る予定だし、部活の外の人に、意見を聞いてみたいって」
「そんでも、俺、大した意見言えないけど」
読書感想文も苦手な自分が、まともな感想を伝えられるとは思えない。しかし颯介は笑って否定した。
「その方がいいんだよ。僕たちだと、どうしても作る側というか、偏った意見になりがちだし。それが正しいとも限らないからさ。読んで純粋にどう思ったかが知りたいんだ」
「そんなもんなのか」気張らなくていいのなら、その作品にも興味が出る。「俺でいいなら、全然構わないけど」
「そしたら、伝えておくよ」
颯介たちも、各々の青春を邁進しているようだ。
「フミもなにか書いてみたら」
「冗談言うなよ。俺は読むだけでやっとだよ」
顔を見合わせて、文也と颯介は笑う。彼らの努力がいつか実を結べばいい。文也は心の底からそう思う。
「そういえば、あの指輪、どうしたんだ」
正面の席で颯介が言うのに、ポテトをかじりながら文也は答える。
「あれな、桜の家に行って供えたよ」
「そっか。それが一番かもね」
結婚してくれと桜に渡した指輪を、文也が後生大事に持っていてもしょうがない。先日桜の家を訪れた時、自分たちが幼い頃に埋めたタイムカプセルを思い出して、それを掘り起こしてきたのだと律子に話した。おもちゃの指輪を差し出すと、彼女は目を潤ませて礼を言い、可愛らしいと笑った。それでも、流石に手紙は恥ずかしいから見せないでくれと桜に頼まれ、二通の封筒は押し入れの奥に一緒に隠している。
ただあのお守りは、今もスマートフォンにつけている。桜がふーに渡して欲しいと直接母親に伝えたお守りだ。これは一生大切に持っていようと思う。昔のプロポーズなど忘れたといった桜は、タイムカプセルの鍵を肌身離さず、お守りとして大事にしていた。その桜の想いが詰まった鍵は、今度は自分が大切にする番だと誓った。
学生や親子連れで賑わう騒がしい店内。ストローでオレンジジュースを飲み、「それにしても」と颯介は首をひねった。
「桜ちゃんは、一体なにが気になってるんだろうね」
「だよなー。もう検討つかねえよ」
「まだ忘れてることがあるんじゃないのか」
「流石にもうないと思うけどな」
「タイムカプセル以上なんて、想像つかないけどね。……それにしても、あの日は楽しかったな」
タイムカプセルを掘った後、すっかり日が暮れてしまったから、慰労会もかねて重三の家にみんなで泊まった。久々に食べた出前のピザは、やたらと美味しく感じられた。
「俺、あんまり記憶ねえんだけど」ずずずと音を立ててジュースを飲む。
「まあ、フミはすぐに寝ちゃったからな」
「だって酒なんか飲ませねえだろ、普通」
「自分だって興味津々で飲んでたくせに」
一番頑張ったからと、重三は文也のコップに酒を注いだ。これまで酒と縁がなかった文也も、興味を示したのは事実だった。それでも初めて摂取するには度数の高い酒に、疲れ切った頭と体は簡単に侵食され、気絶するように眠ってしまった。だから皆がどんな話で盛り上がっていたのかよく知らないまま、朝を迎えたのだ。その後、帰りの電車で一人になった時に「おはよう」と桜のメッセージを受信して目を疑ったのが、忘れられないあの日の一部始終だ。
「まあ、何ごとも経験だよ、経験」
「フミの口から出たとは思えないな」
「ふりだしに戻って悪いけど、またなんかあったら頼むよ」
「それはいいんだけど……本当に思いつかないな」
ポテトを食べ終わり、紙ナプキンで指を拭いて、颯介は文也の手元に目をやった。「それ、桜ちゃん?」
「ああ、いや、違う」
リンクの画面が見えていたらしい。相手は桜かと尋ねるのに、文也はチャットを彼に見せた。「夏澄と葉澄だよ。なんか、また皆で遊ばないかって。あの子ら、割と楽しんでたみたいだな」
あの出来事を遊びとしてとらえるなんて、なんとも陽気な双子だ。もしくは、打ち上げがよほど楽しかったのか。「次いつ来るん?」と画面は夏澄の台詞を受信している。
「流石だなあ。フミはどうするんだ」
「楽しみにしてるんなら、行こうかと思ってるけど。そういえば、俺、自分の家がどうなったか見てないし」
「確かに、桜ちゃんの家には行ったけど、フミが住んでたとこも気になるな」
「だろ。それなら、颯介たちも行こうぜ」
人数を増やそうと提案すると、是非にとすぐさま返事がある。再度繋がった双子との縁は、今しばらく続きそうだ。
「そうだ、薫子さんも、今度フミに会いたいって言ってたよ」
「俺に?」
「この前のこと話したいし、桜ちゃんのことも気になるし。それに、仕上がった作品、出来たら読んでもらえないかって」
「作品って、小説だよな。俺が読んでいいのか」
「彼女、あんまり周囲に公開するタイプじゃなくって、普段は部活繋がりの人にしか見せてないんだけど。新人賞に送る予定だし、部活の外の人に、意見を聞いてみたいって」
「そんでも、俺、大した意見言えないけど」
読書感想文も苦手な自分が、まともな感想を伝えられるとは思えない。しかし颯介は笑って否定した。
「その方がいいんだよ。僕たちだと、どうしても作る側というか、偏った意見になりがちだし。それが正しいとも限らないからさ。読んで純粋にどう思ったかが知りたいんだ」
「そんなもんなのか」気張らなくていいのなら、その作品にも興味が出る。「俺でいいなら、全然構わないけど」
「そしたら、伝えておくよ」
颯介たちも、各々の青春を邁進しているようだ。
「フミもなにか書いてみたら」
「冗談言うなよ。俺は読むだけでやっとだよ」
顔を見合わせて、文也と颯介は笑う。彼らの努力がいつか実を結べばいい。文也は心の底からそう思う。