翌日には、さっそく夏澄から連絡があった。
夏澄:それっぽい写真、何枚かみつけたから送るわー。思い当たるのがあったらええけど。
待っていると、リンクを通して三枚の画像が送信されてくる。
一枚目の正面には、赤く大きな花を咲かせる木。おそらくこの花を撮ろうとしたのだろう。その向こうには、葉を黄金色に染めたイチョウの木々がある。
二枚目は、一本の木の幹を随分間近で撮っている。太い木の幹には真横に一本の線が走っていて、これが恐らく彼女たちがつけた傷だろうと窺われる。だがあまりに近すぎて周囲の様子が分からない。
そして三枚目。思わず文也は息を呑んだ。
わざわざ集めたのだろう、大量のイチョウの葉の上で、三人の子どもたちが川の字になって眠っている。右側に文也、真ん中に桜。左端は、当時は髪型が同じだったせいでわからないが、双子のどちらかが目を閉じている。三人は一本の木の根元に頭を向けていた。そして黄色い絨毯は写真の一面に敷き詰められているが、左奥には、一枚目で見たのと同じ、赤い花を咲かせた木がある。
「この枕にしてるの、探してるイチョウの木かな」
saku:きっとそうだよ。よく見て、幹に傷がある。
目を凝らすと、桜の言う通り、頭を向けている木の幹には一本の傷がある。ズームしてみて、それが二枚目の写真と近しい傷であることがわかった。
「これだ」確信する声が震える。「この木の下に、桜の思い残しがある」
急いで電話をかけた。すぐに夏澄が出る。
「わかった、この三枚目の場所で間違いない」
「ほんま? よかったー」
「ありがとう、助かったよ」
会話をしていると、向こうの方で、夏澄によく似た声が「私にも喋らせてよ」と抗議しているのが聞こえた。「もー、うるさいな」文句を言いつつ夏澄が葉澄と交代する。
「葉澄も、ありがとう。見つけてくれて」
「押し入れひっくり返した甲斐があったよ。それで、探しに行くの」
「うん。一応、他のみんなにも伝えてから探しに行く」
「それなら、私も行きたい! ねえ、夏澄」
「行く行く! 文也と桜ちゃんのタイムカプセル見たい!」
「手伝うから、行ってもいい?」
「そりゃあ、手伝ってくれたら助かるけど……」
彼女たちは随分と手助けをしてくれた。この上更に手伝わせるのは気が引ける。「本当に、いいのか。せっかくの休み潰して」
「こんな面白いことあらへんもん! 行かしてや」
「杉ヶ裏まで来るんでしょー。すぐそこなんだし、手伝わせてよ」
それならばと、了承した。双子が歓声を上げてハイタッチする音が聞こえる。どこまでも明るい二人だ。
「あたしらいつでも空いとるから。決まったらゆうてね」
返事をして二言三言会話をし、電話を切る。急いで颯介と虎太郎にも連絡をする。二人とも朗報を喜び、それぞれ薫子と重三に知らせてくれるとのことだった。
そしてみんな、掘り返すときは誘ってくれと口をそろえたのに文也は驚いた。ここまで自分たちの思い出を気にする相手がいるとは思わなかった。こうなれば最後まで見届けたい、全員がそう思っている雰囲気で、文也にも断る理由などどこにもない。日程を調整し、三日後の日曜日に約束を取り付けた。
saku:ありがたいね。ふーだけだったらどうにもならなかったよね。
「そうだな。どうしようもなかった」
各々に連絡を終えて一息ついた文也は、桜の言葉に素直に頷いた。これでやっと、桜は向こうにいける。それが願うべき、彼女の幸福。
土曜の夜、早めに床に就いたが、少々興奮気味なのか寝つけられない。寝返りを打ち、横を向いて、手探りでスマートフォンを探し、その先のお守りを指ですくう。すっかり手に馴染んだ感触。
桜は忘れたといった思い出。幼い頃のプロポーズ。あれも、タイムカプセルを埋めた木の下だった。大人になったら、けっこんしよう。そう言うと、桜は嬉しそうに笑って大きく頷いた。
わたし、ふーちゃんとけっこんする。
その左手の薬指に、指輪をはめた。おもちゃだったが、自分にとっては立派な約束の指輪だった。桜の細く小さな指にはまだ少しだけ大きく、二人で顔を見合わせて笑い合った。
それを桜が外してしまったのは、悲しかった。しかし学校で怒られるなら仕方がないと納得した。
「ふーちゃん、ごめんね」
そう言って涙を流して謝る桜。彼女が庭先でずぶ濡れになっていたのは、そのほんの数日前のこと。
引っかかりを覚える文也の耳に、電子音が届く。
saku:ふー、寝られないの?
「桜は寝ないのか」
saku:意地悪言わないでよ。私は寝られないもん。
「ごめんって。拗ねるなよ」
彼女の体温を感じる。存在しないはずの温もりが、背中に触れている。小さな桜の背がくっついているのを感じる。彼女は今、すぐ隣にいる。
だから、振り向けない。見えない事実を、見たくない。
「楽しかったよ。本当に」
saku:うん。とっても楽しかった。
「俺のところに来てくれて、ありがとうな」
画面越しでしか話せない桜。死んでしまった桜。この世にいるはずのない桜。
saku:私のこと、忘れないでね。
「忘れるわけないだろ。変なこと言うなよ」
楽しそうな笑い声が、聞こえる、気がする。振り向きたい、振り向けない。
saku:ふーと出会えてよかった。
saku:私は、そばにいるから。
「桜……!」
思わず振り向いた先には、誰もいない。なのに、背中の温もりだけがほんのりと残っている。
その温みが消えないうちに眠ってしまおう。文也は瞼を閉じた。
夏澄:それっぽい写真、何枚かみつけたから送るわー。思い当たるのがあったらええけど。
待っていると、リンクを通して三枚の画像が送信されてくる。
一枚目の正面には、赤く大きな花を咲かせる木。おそらくこの花を撮ろうとしたのだろう。その向こうには、葉を黄金色に染めたイチョウの木々がある。
二枚目は、一本の木の幹を随分間近で撮っている。太い木の幹には真横に一本の線が走っていて、これが恐らく彼女たちがつけた傷だろうと窺われる。だがあまりに近すぎて周囲の様子が分からない。
そして三枚目。思わず文也は息を呑んだ。
わざわざ集めたのだろう、大量のイチョウの葉の上で、三人の子どもたちが川の字になって眠っている。右側に文也、真ん中に桜。左端は、当時は髪型が同じだったせいでわからないが、双子のどちらかが目を閉じている。三人は一本の木の根元に頭を向けていた。そして黄色い絨毯は写真の一面に敷き詰められているが、左奥には、一枚目で見たのと同じ、赤い花を咲かせた木がある。
「この枕にしてるの、探してるイチョウの木かな」
saku:きっとそうだよ。よく見て、幹に傷がある。
目を凝らすと、桜の言う通り、頭を向けている木の幹には一本の傷がある。ズームしてみて、それが二枚目の写真と近しい傷であることがわかった。
「これだ」確信する声が震える。「この木の下に、桜の思い残しがある」
急いで電話をかけた。すぐに夏澄が出る。
「わかった、この三枚目の場所で間違いない」
「ほんま? よかったー」
「ありがとう、助かったよ」
会話をしていると、向こうの方で、夏澄によく似た声が「私にも喋らせてよ」と抗議しているのが聞こえた。「もー、うるさいな」文句を言いつつ夏澄が葉澄と交代する。
「葉澄も、ありがとう。見つけてくれて」
「押し入れひっくり返した甲斐があったよ。それで、探しに行くの」
「うん。一応、他のみんなにも伝えてから探しに行く」
「それなら、私も行きたい! ねえ、夏澄」
「行く行く! 文也と桜ちゃんのタイムカプセル見たい!」
「手伝うから、行ってもいい?」
「そりゃあ、手伝ってくれたら助かるけど……」
彼女たちは随分と手助けをしてくれた。この上更に手伝わせるのは気が引ける。「本当に、いいのか。せっかくの休み潰して」
「こんな面白いことあらへんもん! 行かしてや」
「杉ヶ裏まで来るんでしょー。すぐそこなんだし、手伝わせてよ」
それならばと、了承した。双子が歓声を上げてハイタッチする音が聞こえる。どこまでも明るい二人だ。
「あたしらいつでも空いとるから。決まったらゆうてね」
返事をして二言三言会話をし、電話を切る。急いで颯介と虎太郎にも連絡をする。二人とも朗報を喜び、それぞれ薫子と重三に知らせてくれるとのことだった。
そしてみんな、掘り返すときは誘ってくれと口をそろえたのに文也は驚いた。ここまで自分たちの思い出を気にする相手がいるとは思わなかった。こうなれば最後まで見届けたい、全員がそう思っている雰囲気で、文也にも断る理由などどこにもない。日程を調整し、三日後の日曜日に約束を取り付けた。
saku:ありがたいね。ふーだけだったらどうにもならなかったよね。
「そうだな。どうしようもなかった」
各々に連絡を終えて一息ついた文也は、桜の言葉に素直に頷いた。これでやっと、桜は向こうにいける。それが願うべき、彼女の幸福。
土曜の夜、早めに床に就いたが、少々興奮気味なのか寝つけられない。寝返りを打ち、横を向いて、手探りでスマートフォンを探し、その先のお守りを指ですくう。すっかり手に馴染んだ感触。
桜は忘れたといった思い出。幼い頃のプロポーズ。あれも、タイムカプセルを埋めた木の下だった。大人になったら、けっこんしよう。そう言うと、桜は嬉しそうに笑って大きく頷いた。
わたし、ふーちゃんとけっこんする。
その左手の薬指に、指輪をはめた。おもちゃだったが、自分にとっては立派な約束の指輪だった。桜の細く小さな指にはまだ少しだけ大きく、二人で顔を見合わせて笑い合った。
それを桜が外してしまったのは、悲しかった。しかし学校で怒られるなら仕方がないと納得した。
「ふーちゃん、ごめんね」
そう言って涙を流して謝る桜。彼女が庭先でずぶ濡れになっていたのは、そのほんの数日前のこと。
引っかかりを覚える文也の耳に、電子音が届く。
saku:ふー、寝られないの?
「桜は寝ないのか」
saku:意地悪言わないでよ。私は寝られないもん。
「ごめんって。拗ねるなよ」
彼女の体温を感じる。存在しないはずの温もりが、背中に触れている。小さな桜の背がくっついているのを感じる。彼女は今、すぐ隣にいる。
だから、振り向けない。見えない事実を、見たくない。
「楽しかったよ。本当に」
saku:うん。とっても楽しかった。
「俺のところに来てくれて、ありがとうな」
画面越しでしか話せない桜。死んでしまった桜。この世にいるはずのない桜。
saku:私のこと、忘れないでね。
「忘れるわけないだろ。変なこと言うなよ」
楽しそうな笑い声が、聞こえる、気がする。振り向きたい、振り向けない。
saku:ふーと出会えてよかった。
saku:私は、そばにいるから。
「桜……!」
思わず振り向いた先には、誰もいない。なのに、背中の温もりだけがほんのりと残っている。
その温みが消えないうちに眠ってしまおう。文也は瞼を閉じた。