「確かに遊んだなあ、あの小屋があるとこやろ」
「かくれんぼ楽しかったのにね。壊されたの知らなかった」
 四人で遊んだことを双子は懐かしそうに思い返す。
「でも、イチョウの木かあ……。覚えてはいるけど、場所はどうだろ」
 葉澄の言葉に夏澄も難しい顔をする。
「秋にイチョウの葉っぱ集めて、布団みたいにしたん覚えとる。どこやったかなあ」
「やっぱりどの木かっていうのは、わからないよな」
 文也も懸命に当時のことを思いだす。すると、「あっ」と葉澄が顔を明るくした。
「私たちさ、いっつも喧嘩してたじゃん。どっちが背高いかとか。それで、ハサミで木に印付けたよね」
 夏澄もぱちんと手を叩く。
「そやった! 家の柱につけたらめっちゃ怒られるから、ハサミ持ってってやったなあ」
「木に傷つけてたのか」
 双子は頷いた。重三の「悪ガキたち」という言葉を思い出す。自分たちはやはり悪ガキだったみたいだ。
「だから、傷のある木を探せばいいと思う」
 葉澄は目を輝かせた。しかし夏澄はオレンジジュースを一口飲み、「でも」と眉をひそめた。
「木って、やっぱ成長するやん。もう見えんぐらい高いとこなんやないかな」
「言ってたな。二年で一メートル伸びるって」
「そんなに?」葉澄が素っ頓狂な声を上げた。「じゃあ、もう見えなくなってるじゃん」
「あの頃のまま、傷が残っとるとも限らんしね」
 双子はため息をつき、文也も腕を組んで考える。いい線だと思ったのだが、やはりそこには無理がある。三人は黙り込んでしまう。
「……でも、見つけんと、桜ちゃん可哀想やもんなあ」
 夏澄がぽつりと言い、葉澄も頷いた。
「それにしても二人だけでタイムカプセルなんて、青春じゃん、文也」青春真っ只中の葉澄は羨ましそうな顔をする。
「それって、どっちから言いだしたん?」
「確か、桜からだったはず」
「桜ちゃん、引っ越すのわかってて、文也と約束したかったんだろうね」
 桜と母の律子は、引っ越すというより、家から逃げた。夫は気に入らないことがあれば物にあたり、妻にあたり、遂に病弱な娘にまで暴力をふるった。可愛い桜の頬の痣を見て、文也は幼いながらに猛烈な怒りを感じたものだ。家に帰りたくないと泣きじゃくる桜を慰める時は、心が痛んで一緒に泣いた。
 そしてタイムカプセルを埋めた翌日、桜は母親と共にいなくなった。
 夫は怒り狂い、妻子の居所を吐けと杉ヶ裏中の住人に問い詰めたが、そもそも誰も行き先を知らなかった。律子は近隣への迷惑よりも、娘の無事を優先した。それは当然だと誰もが思ったから、母娘を責める者は現れなかった。
 すぐに夫も姿を消し、あの家は無人となった。
「可哀想やったけど……どうしてもまた会いたかったんやなあ」
 タイムカプセルがあれば、必ずまた会える。桜の思いの丈を知り、改めて文也も苦しくなる。桜は今、何も言わない。恥ずかしがっているのだろうか。
「きっと桜の心残りはこれだから、どうしても見つけたいんだ」
「そうだね」
「でも、どうしたらええんやろ。片っ端から掘り起こすしかないんかなあ」
 三人のグラスの氷はすっかり溶けた。水っぽいドリンクをそれぞれ少しずつ飲みながら、当時のことをぽつりぽつりと語り合う。少し湿っぽくなった空気も、当時を思い出せば笑い声も出てくる。当時からいたずら好きで明るい双子は、けらけらと笑う。
「まさか、文也から連絡が来るなんて、思わんかったわ」
「そうじゃないと、忘れてく一方だったかもね」
 彼女たちによれば、当時一緒に遊んだ子どもたちは、ほとんどが既に杉ヶ裏を出て行ったそうだ。もう連絡先もわからないという。
「スマホなんかなくても、遊べてたからな」
 機械が無くても無限に時間を潰せていた。すごいことだなと改めて思う。
「でももったいないよね。連絡先どころか写真も残せないんだもん。スマホがあればパシャってすぐに撮って見返せるのに」両手の指で四角形を作り、葉澄は写真を撮る真似事をする。
「あっ!」
 唐突に夏澄が声を上げた。その顔はぱっと輝いている。
「そうや、写真や!」
「夏澄、うるさいよ」
「うちら、おもちゃのカメラ持っとったやん。トイカメラってやつ!」
 はてな、という顔をしていた葉澄も思い出したのか、「ピンクの?」と声を弾ませた。
「そうそう、そんで一台しか買ってもらえんかったから、いっつも取り合いしてたやん」
「してたしてた! すぐ飽きちゃったけど」
 盛り上がる双子に「カメラ?」と文也は呟いた。
「文也、覚えてない? うちら、首から下げてたやん」
「言われれば、そんな気もするけど……」記憶の中でカメラを下げる少女が、どっちだったのかも思い出せない。「あれって、おもちゃだろ」
「ただのおもちゃじゃないねん。ちゃんとSDにデータ残せるやつ」
「そんないいものだったのか」
「だから一台しか買ってもらえなかったの。高いし、いつ壊すかわからないって言われて」
 なるほど、写真か。それなら手がかりになるかもしれない。
「それ、今も家にあるのか」
「捨てた覚えないから、探せば出てくると思う。なんの写真撮ってたか全然覚えてないけど」
「うわー、懐かし! ほんま、すぐ飽きたから思い出せんかったけど」
「飽きっぽいから一台だけだったんだね」
 彼女たちがはしゃぐ様子に、それが最後の望みのように文也にも思えた。もし、桜との約束の場所が写っていれば、それを手がかりに探すことができる。
「悪いけど、探してもらってもいいか」
「うん、データ残ってるって約束は出来ないけど」
「それは仕方ないよ。ただ見つかったらすごく助かる」
「ほんなら、さっさと帰って探そや、葉澄!」夏澄は水っぽいジュースを全て飲み干した。「見つかったら送るから、文也、連絡先教えてや」
 連絡先を交換すると、善は急げとばかりに二人は帰り支度を始める。
 店から出て、夏の日差しに負けず生き生きとした彼女たちを、文也は駅まで見送った。
「それじゃあ、ありがとな。気を付けて帰れよ」
「文也も桜ちゃんも、気を付けてねー」
「ほんなら、ばいばーい」
 改札を抜けると、双子は元気よく手を振った。階段を上る後ろ姿が見えなくなると、文也も反対方面のホームに向かう。
「めちゃくちゃ元気だな、あの子ら」
 saku:嵐みたいだったね。
 saku:でも、変わってなくてよかった。
 まさか苗字も忘れていた泉姉妹との縁が復活するだなんて、これまで微塵も思わなかった。それでもみんなが、桜の思い残しのために協力してくれている。あと少し、もう少しだ。文也も階段を上った。