後に双子の母親から電話がかかり、文也は約束を取り付けることに成功した。場所は、文也の住む橘町と、双子の住む杉ヶ裏町の中間地点にあるファミリーレストランで、午後の一時。「楽しみだね」と桜も乗り気になっている。
八月十日の水曜日、少し早めに到着し、店に入った。うだるような外の暑さが嘘のように、空調が冷たい風をがんがんと吐き出し、汗が一気に冷えていく。平日の店内は空いていて、ぱっと中を見渡すが、それらしき少女たちの姿はなかった。
ボックス席を選びアイスティーを飲みつつ、桜と他愛のない話をしていると、いつの間にか時刻は一時十分。ただの遅刻だろうか、それともなにか事故でもあったのか。少し不安に思い始めた頃、二人の少女が息せき切って店に入ってきた。彼女たちで間違いない。
文也が手を振ると、二人は駆け寄ってきた。
「ごめん! 電車の時刻表、見間違えて」
ポニーテールの女の子が両手を合わせる。
「いいよ、そんなに待ってないから」文也も立ち上がった。「こっちこそ、夏休みなのに時間取らせてごめん」
「わー、文也、背え伸びてる!」
ショートヘアの女の子が文也を見上げて嬉しそうに言った。「なんか雰囲気変わったなー」そうだろうかと不思議に思う。
取り合えず、ボックス席の向かいに二人を座らせた。
文也から見て左側にポニーテールの女の子、妹の葉澄。右側にショートヘアの女の子、姉の夏澄が並ぶ。一卵性双生児らしく、二人の顔形はそっくりで、くっきりとした二重瞼にくりくりの大きな瞳。笑うと右側にだけえくぼが出る。もし髪型を揃えれば、見分けはつかないだろう。平均的な身長も、ぱっと見に変わらない。
取り合えず何か頼むように言うと、姉の夏澄がメニュー表を開いた。
「なんにしよー。葉澄どうするん?」
「ええと。どうしようかな。あっ、ミックスジュースがいい」
「えー。あたしもそれにしようと思ったのに」
結局じゃんけんをし、三回続けてあいこを出した末、勝った葉澄がミックスジュース、負けた夏澄がオレンジジュースを頼んだ。同じものを頼めばいいのに、と思うが、そこは双子特有の問題があるのかもしれない。一人っ子の文也は黙っておく。
「すっごい懐かしいねー。何年ぶり? 六年だっけ」
「文也、もう高校生なんよね。大人やんか」
「どう、高校ってやっぱ楽しい?」
「そういえば、転校してからどうしてたん。今どこに住んでんの」
双子は少女らしくぺらぺらと喋り続ける。それは、文也のおぼろな記憶にある双子の姿と全く同じものだった。元気で明るくよく喋る。しかし一つだけ気がかりなことがある。
「夏澄って、そんな話し方だったっけ」
なんだか変な訛り言葉を使うのを指摘すると、「ほらね」とばかりに妹の葉澄が鼻を鳴らした。
「やっぱ変なんだよ。夏澄、ちゃんと喋りなってば」
「別に変じゃないし。あたしの個性、否定せんとってや」
「この子ね、なんかドラマとか映画とかいろいろ見て、変な喋り方が移っちゃったの。やめてって言ってるのに」
「だから変とか言わんとってくれる?」
たちまち言い争いを始めるのに、「ちょっと気になっただけだから」と文也が口を挟み、タイミング良く店員がそれぞれのジュースを持ってきた。それを飲んでいる間だけ、双子は大人しくなる。
自分が今は橘町に住んでいること、地元の高校に通っていることを手短に話し、「昔一緒に遊んでた時のこと、二人は覚えてるか」とさっさと本題を切り出した。
「覚えてる、と思うよ」
「毎日遊び惚けてたわ」
彼女たちにとって、それはまさに楽しい記憶であるらしい。思い返して、嬉しそうな顔をする。
「そういえば、文也、桜ちゃんが大好きやったよね。桜ちゃんが引っ越した時、めっちゃ落ち込んでたん覚えてる」
「そうそう。私らもニコイチだけど、文也たちもいっつも一緒だったよね」
「せっかくやし、桜ちゃんも呼べたらよかったのに」
「どこに引っ越しちゃったんだろね」
桜は、杉ヶ裏の誰にも行き先を告げずに引っ越した。それは文也も例外ではなく、桜に二度と会えない悲しみに、何日も泣いて過ごしたのを覚えている。
だから双子は、桜のことを今も何も知らない。
「桜さ、死んだんだよ」
夏澄と葉澄は同じ表情で驚愕し、ぴたりと動きを止めた。
「俺、中学で再会して、同じ高校に入ったんだ。けど、先月に病気で亡くなった」
「……嘘やん」夏澄が目をぱちくりさせた。
「嘘じゃない。俺はこんな嘘、吐かないよ」
二人は最初信じられない顔をしていたが、それを伝えたのが文也だったからだろう。悪い冗談ではないと理解したらしい。
葉澄が目元を拭い、夏澄が鼻をすするのに、文也はしまったと思う。
「ごめん、ショックだよな」彼女たちはまだ十四歳の女の子だ。自分たちが仲良くしていた友人の死を知って、大人な対応を取れる年齢ではない。
「でも、桜は近くにいるんだ」
「……どういう意味」目を潤ませる葉澄が不思議そうな表情をする。
文也は自分のスマートフォンを取り出し、リンクを立ち上げ、自分と桜のやり取りを見せる。今どきの中学生である二人は、その日付が最近のものだと知り、あり得ないことだとすぐに理解した。
「なんこれ、どういうこと」夏澄が目を擦って画面を見つめる。
「桜は死んだけど、まだ近くにいる。それで、俺とやり取りしてるんだ。向こうにいけていないんだ」
少しずつ、これまでのことを文也は噛み砕いて説明する。きっと桜には心残りがあること、それを探してムギを見つけたこと、タイムカプセルのこと。双子は神妙な面持ちで聞き入っている。
「それやったら、今も桜ちゃんは近くにおるの」
「俺の隣にいるはず。話しかけてくれたら、わかると思う」
双子は驚いて文也の横、窓側の席を凝視する。文也から見れば、颯介と薫子に相談した時と同じ光景だ。ただあの時とは、随分状況は変わった。もう少しだ、もう少しで先に進める。
「えーっと、桜ちゃん、ほんとにいるの?」
おずおずと葉澄が様子を覗う。テーブルの上で、スマートフォンが短く振動した。
saku:いるよ。二人とも、久しぶり。
桜からの返事に、夏澄と葉澄は画面と空席を幾度も交互に見つめた。「どういうこと?」夏澄が困惑する。「桜からの返事だよ」と文也は言うが、目をぱちくりさせている。
その後も二人は順番に桜に声をかけ、すぐに表示される返事に唖然とした。通っていた小学校の名前も、杉ヶ裏で遊んだ川の名前も、桜は正確に答える。
「文也が、なんか、こういう機能作ったんかと思ったけど、そんなわけないしなあ」
saku:ふーはそんなに器用じゃないよ。
メッセージを見て、二人は思わず笑う。
「文也が、桜ちゃんのことで騙したりするわけないしね」
「それこそ信じられへんもん」
文也のことを信じると、やがて双子は口をそろえて言った。
八月十日の水曜日、少し早めに到着し、店に入った。うだるような外の暑さが嘘のように、空調が冷たい風をがんがんと吐き出し、汗が一気に冷えていく。平日の店内は空いていて、ぱっと中を見渡すが、それらしき少女たちの姿はなかった。
ボックス席を選びアイスティーを飲みつつ、桜と他愛のない話をしていると、いつの間にか時刻は一時十分。ただの遅刻だろうか、それともなにか事故でもあったのか。少し不安に思い始めた頃、二人の少女が息せき切って店に入ってきた。彼女たちで間違いない。
文也が手を振ると、二人は駆け寄ってきた。
「ごめん! 電車の時刻表、見間違えて」
ポニーテールの女の子が両手を合わせる。
「いいよ、そんなに待ってないから」文也も立ち上がった。「こっちこそ、夏休みなのに時間取らせてごめん」
「わー、文也、背え伸びてる!」
ショートヘアの女の子が文也を見上げて嬉しそうに言った。「なんか雰囲気変わったなー」そうだろうかと不思議に思う。
取り合えず、ボックス席の向かいに二人を座らせた。
文也から見て左側にポニーテールの女の子、妹の葉澄。右側にショートヘアの女の子、姉の夏澄が並ぶ。一卵性双生児らしく、二人の顔形はそっくりで、くっきりとした二重瞼にくりくりの大きな瞳。笑うと右側にだけえくぼが出る。もし髪型を揃えれば、見分けはつかないだろう。平均的な身長も、ぱっと見に変わらない。
取り合えず何か頼むように言うと、姉の夏澄がメニュー表を開いた。
「なんにしよー。葉澄どうするん?」
「ええと。どうしようかな。あっ、ミックスジュースがいい」
「えー。あたしもそれにしようと思ったのに」
結局じゃんけんをし、三回続けてあいこを出した末、勝った葉澄がミックスジュース、負けた夏澄がオレンジジュースを頼んだ。同じものを頼めばいいのに、と思うが、そこは双子特有の問題があるのかもしれない。一人っ子の文也は黙っておく。
「すっごい懐かしいねー。何年ぶり? 六年だっけ」
「文也、もう高校生なんよね。大人やんか」
「どう、高校ってやっぱ楽しい?」
「そういえば、転校してからどうしてたん。今どこに住んでんの」
双子は少女らしくぺらぺらと喋り続ける。それは、文也のおぼろな記憶にある双子の姿と全く同じものだった。元気で明るくよく喋る。しかし一つだけ気がかりなことがある。
「夏澄って、そんな話し方だったっけ」
なんだか変な訛り言葉を使うのを指摘すると、「ほらね」とばかりに妹の葉澄が鼻を鳴らした。
「やっぱ変なんだよ。夏澄、ちゃんと喋りなってば」
「別に変じゃないし。あたしの個性、否定せんとってや」
「この子ね、なんかドラマとか映画とかいろいろ見て、変な喋り方が移っちゃったの。やめてって言ってるのに」
「だから変とか言わんとってくれる?」
たちまち言い争いを始めるのに、「ちょっと気になっただけだから」と文也が口を挟み、タイミング良く店員がそれぞれのジュースを持ってきた。それを飲んでいる間だけ、双子は大人しくなる。
自分が今は橘町に住んでいること、地元の高校に通っていることを手短に話し、「昔一緒に遊んでた時のこと、二人は覚えてるか」とさっさと本題を切り出した。
「覚えてる、と思うよ」
「毎日遊び惚けてたわ」
彼女たちにとって、それはまさに楽しい記憶であるらしい。思い返して、嬉しそうな顔をする。
「そういえば、文也、桜ちゃんが大好きやったよね。桜ちゃんが引っ越した時、めっちゃ落ち込んでたん覚えてる」
「そうそう。私らもニコイチだけど、文也たちもいっつも一緒だったよね」
「せっかくやし、桜ちゃんも呼べたらよかったのに」
「どこに引っ越しちゃったんだろね」
桜は、杉ヶ裏の誰にも行き先を告げずに引っ越した。それは文也も例外ではなく、桜に二度と会えない悲しみに、何日も泣いて過ごしたのを覚えている。
だから双子は、桜のことを今も何も知らない。
「桜さ、死んだんだよ」
夏澄と葉澄は同じ表情で驚愕し、ぴたりと動きを止めた。
「俺、中学で再会して、同じ高校に入ったんだ。けど、先月に病気で亡くなった」
「……嘘やん」夏澄が目をぱちくりさせた。
「嘘じゃない。俺はこんな嘘、吐かないよ」
二人は最初信じられない顔をしていたが、それを伝えたのが文也だったからだろう。悪い冗談ではないと理解したらしい。
葉澄が目元を拭い、夏澄が鼻をすするのに、文也はしまったと思う。
「ごめん、ショックだよな」彼女たちはまだ十四歳の女の子だ。自分たちが仲良くしていた友人の死を知って、大人な対応を取れる年齢ではない。
「でも、桜は近くにいるんだ」
「……どういう意味」目を潤ませる葉澄が不思議そうな表情をする。
文也は自分のスマートフォンを取り出し、リンクを立ち上げ、自分と桜のやり取りを見せる。今どきの中学生である二人は、その日付が最近のものだと知り、あり得ないことだとすぐに理解した。
「なんこれ、どういうこと」夏澄が目を擦って画面を見つめる。
「桜は死んだけど、まだ近くにいる。それで、俺とやり取りしてるんだ。向こうにいけていないんだ」
少しずつ、これまでのことを文也は噛み砕いて説明する。きっと桜には心残りがあること、それを探してムギを見つけたこと、タイムカプセルのこと。双子は神妙な面持ちで聞き入っている。
「それやったら、今も桜ちゃんは近くにおるの」
「俺の隣にいるはず。話しかけてくれたら、わかると思う」
双子は驚いて文也の横、窓側の席を凝視する。文也から見れば、颯介と薫子に相談した時と同じ光景だ。ただあの時とは、随分状況は変わった。もう少しだ、もう少しで先に進める。
「えーっと、桜ちゃん、ほんとにいるの?」
おずおずと葉澄が様子を覗う。テーブルの上で、スマートフォンが短く振動した。
saku:いるよ。二人とも、久しぶり。
桜からの返事に、夏澄と葉澄は画面と空席を幾度も交互に見つめた。「どういうこと?」夏澄が困惑する。「桜からの返事だよ」と文也は言うが、目をぱちくりさせている。
その後も二人は順番に桜に声をかけ、すぐに表示される返事に唖然とした。通っていた小学校の名前も、杉ヶ裏で遊んだ川の名前も、桜は正確に答える。
「文也が、なんか、こういう機能作ったんかと思ったけど、そんなわけないしなあ」
saku:ふーはそんなに器用じゃないよ。
メッセージを見て、二人は思わず笑う。
「文也が、桜ちゃんのことで騙したりするわけないしね」
「それこそ信じられへんもん」
文也のことを信じると、やがて双子は口をそろえて言った。