「ごめん、桜。待たせた」
玄関先で待っていた桜は、首を横に振った。
「別に、大して待ってないよ」
登校時と同じように、並んで共に下校する。まるで小学生みたいだと桜は言うが、拒絶はされないから嫌ではないのだろう、と文也は思っている。
通学路では、建物の隙間から遠くに海が見える。きらきらと光る青色。いつか桜と二人で、海の見える道を散歩出来たら。それが文也の淡い夢だ。
「ふー、やっと友だち作れたんだね」
歩きながら、桜が文也を見上げて言った。
「帰りに廊下通るときに、ちらって見えたんだけど。教室で話してたね」
「別に、友だちとかじゃねえよ」
「友だちじゃないの?」
桜の声がほんの少し沈んだので、しまったと思う。彼女なりに、文也の孤立を心配してくれているのだ。
「さあ。でも一緒に昼飯食った」
咄嗟に付け加えると、「そっか」と桜は頷いて笑った。「それなら、すぐに仲良くなれるよ」
「桜は優しいな」笑ってくれるのが嬉しくて、文也は素直にそう言う。すると彼女は、「そんなんじゃないし」と不満げな顔をする。そんな素直じゃない所も、可愛らしくて仕方がない。
今日も天気は快晴だ。青い空には雲一つなく、時折爽やかな涼しい風が吹く。
「部活、入らなくていいの」
桜の家まで、あと五分。ぽつりと彼女が言った。
「私なら、一人で帰れるから」
「なんだよ。一緒に帰るの嫌なのか」
「……嫌とかじゃ、ないんだけど」
文也は、桜と少しでも一緒にいるために、部活に入らない。そのことを直接彼女に言ったりはしないが、桜は当然察していた。
「部活に入った方が、友だちもできるよ」
「別に入りたいところなんかないし。帰宅部でも、中学ん時は普通に友だちいただろ。気にすることないって」
興味のある部活もない。それは本音だから強調する。だが、桜は思いやりのある女の子だ。文也が自分のせいで退屈な日常を送っていないかが心配で、だからこそ文也は彼女のそうした優しさが大好きなのだ。
休みがちなせいで周りに迷惑をかけたくない、と桜は帰宅部を選んだ。そんな彼女に合わせることは、興味のない部活に入ることよりも文也にとっては遥かに重要だ。
「桜は考えすぎだっての」
文也は笑う。
「ストレス溜めても、身体に良くないんだろ。そんなら気にすんなよ」桜が自分のことで気に病み身体を壊すなんて、本末転倒もいいところだ。「まあ、俺が好きならしょうがないけど」
「ふーが好きだなんて一言も言ってないけど」
「照れんなって。好きだからそこまで思い詰めるんだろ。分かってるよ」
「なに勘違いしてるのよ、ばーか」
「はいはい、可愛い可愛い」
頭を撫でようとした手を、桜がぴしゃりと叩く。せっかく心配してたのに、とむくれる表情が愛おしくて仕方ない。
「そんじゃ、明日また来るから」
「来なくていいよ、ばかふみ」
マンションの入口で、文也は手を振った。文句を言いながらも、義理難い桜は無視をできず、小さく手を振る。その姿が可笑しくて笑うと、ぷいと背を向けてエレベーターホールに駆けて行ってしまった。
まるで小学生だな、と駅に向かいながら思う。付き合ってもいないのに、こんなふざけたやり取りをして、登下校を共にするなんて。
きっと普通の光景ではないのだろう。だが、もしも桜が一人で登校して、途中で体調を崩したら。下校中に倒れてしまったら。その可能性を想像するだけで、文也は肌が粟立つのを感じる。以前の検査結果も、あまり良い数値ではなかったらしい。自分が隣にいられていれば……なんて後悔は絶対にしたくない。
今日も無事に学校生活が終わったことに安堵し、桜が心配してくれたことに嬉しさを感じながら、文也は足取り軽く帰路に着く。
玄関先で待っていた桜は、首を横に振った。
「別に、大して待ってないよ」
登校時と同じように、並んで共に下校する。まるで小学生みたいだと桜は言うが、拒絶はされないから嫌ではないのだろう、と文也は思っている。
通学路では、建物の隙間から遠くに海が見える。きらきらと光る青色。いつか桜と二人で、海の見える道を散歩出来たら。それが文也の淡い夢だ。
「ふー、やっと友だち作れたんだね」
歩きながら、桜が文也を見上げて言った。
「帰りに廊下通るときに、ちらって見えたんだけど。教室で話してたね」
「別に、友だちとかじゃねえよ」
「友だちじゃないの?」
桜の声がほんの少し沈んだので、しまったと思う。彼女なりに、文也の孤立を心配してくれているのだ。
「さあ。でも一緒に昼飯食った」
咄嗟に付け加えると、「そっか」と桜は頷いて笑った。「それなら、すぐに仲良くなれるよ」
「桜は優しいな」笑ってくれるのが嬉しくて、文也は素直にそう言う。すると彼女は、「そんなんじゃないし」と不満げな顔をする。そんな素直じゃない所も、可愛らしくて仕方がない。
今日も天気は快晴だ。青い空には雲一つなく、時折爽やかな涼しい風が吹く。
「部活、入らなくていいの」
桜の家まで、あと五分。ぽつりと彼女が言った。
「私なら、一人で帰れるから」
「なんだよ。一緒に帰るの嫌なのか」
「……嫌とかじゃ、ないんだけど」
文也は、桜と少しでも一緒にいるために、部活に入らない。そのことを直接彼女に言ったりはしないが、桜は当然察していた。
「部活に入った方が、友だちもできるよ」
「別に入りたいところなんかないし。帰宅部でも、中学ん時は普通に友だちいただろ。気にすることないって」
興味のある部活もない。それは本音だから強調する。だが、桜は思いやりのある女の子だ。文也が自分のせいで退屈な日常を送っていないかが心配で、だからこそ文也は彼女のそうした優しさが大好きなのだ。
休みがちなせいで周りに迷惑をかけたくない、と桜は帰宅部を選んだ。そんな彼女に合わせることは、興味のない部活に入ることよりも文也にとっては遥かに重要だ。
「桜は考えすぎだっての」
文也は笑う。
「ストレス溜めても、身体に良くないんだろ。そんなら気にすんなよ」桜が自分のことで気に病み身体を壊すなんて、本末転倒もいいところだ。「まあ、俺が好きならしょうがないけど」
「ふーが好きだなんて一言も言ってないけど」
「照れんなって。好きだからそこまで思い詰めるんだろ。分かってるよ」
「なに勘違いしてるのよ、ばーか」
「はいはい、可愛い可愛い」
頭を撫でようとした手を、桜がぴしゃりと叩く。せっかく心配してたのに、とむくれる表情が愛おしくて仕方ない。
「そんじゃ、明日また来るから」
「来なくていいよ、ばかふみ」
マンションの入口で、文也は手を振った。文句を言いながらも、義理難い桜は無視をできず、小さく手を振る。その姿が可笑しくて笑うと、ぷいと背を向けてエレベーターホールに駆けて行ってしまった。
まるで小学生だな、と駅に向かいながら思う。付き合ってもいないのに、こんなふざけたやり取りをして、登下校を共にするなんて。
きっと普通の光景ではないのだろう。だが、もしも桜が一人で登校して、途中で体調を崩したら。下校中に倒れてしまったら。その可能性を想像するだけで、文也は肌が粟立つのを感じる。以前の検査結果も、あまり良い数値ではなかったらしい。自分が隣にいられていれば……なんて後悔は絶対にしたくない。
今日も無事に学校生活が終わったことに安堵し、桜が心配してくれたことに嬉しさを感じながら、文也は足取り軽く帰路に着く。