八月を迎えていよいよ夏本番の空気の中、御浜高校は前半の補習授業の最終日を迎えた。明日からは半日ではなく終日の夏休みだ。生徒たちの話し声も弾んでいる。
 国語の授業を終え、一年三組の教室は一気にざわついた。部活の準備を始めたり、用意していた昼食を食べたり、これから遊びに行く相手を募ったり。それぞれの夏休みの幕開けを生徒たちは楽しんでいる。
 そんなクラスメイトを尻目に、文也はさっさと鞄に教材をしまった。授業が終われば学校に用はない。退散しようと立ち上がる。
「あれ、もう帰るの」
 教室を出ようとする彼を、虎太郎が呼び止めた。彼はわいわいと騒ぐグループから抜け出て話しかけてくる。
「夏休み、なんか予定ある? なかったら遊ぼーよ」
 相変わらずの気さくな誘い方。それに対して文也は言い淀む。
「予定っていうか……」
「どっか行ったりすんの」
「それはわからんけど……予定ができる予定」
 言ってから、我ながら最悪な台詞だったと思う。桜の心残りを探す予定だと話すわけにはいかないが、それでも相手を怒らせる最高の文句だった。嫌われても仕方が無い。
「なんだよそれ」
 しかし虎太郎は苛立ちよりも可笑しさを感じるのか、陽気に笑った。こんな自分によく付き合ってくれるな、と文也は毎回思う。
「じゃあ、もし暇だったら連絡してくれよ。部活がなかったらいつでも行けるから」
 わかったと文也は返事をするが、そんな気にはならないだろうな、と思う。夏休みが開けるまで、虎太郎を含めクラスメイトと顔を合わせることはないだろう。きっと察しているだろうが、虎太郎は「じゃー、また」と手を振ってグループの輪の中に戻っていった。
 そして予定のない文也は、学校を出てもすぐに帰宅する気になれず、ぶらぶらと途中のコンビニに立ち寄った。真夏の正午の暑さに抗うため、アイスを一つ買う。店を出て袋を開け、モナカ生地を噛み締めた。もう少し小さいものを買えばよかったと思いながら、リンクの通知に気が付く。
 saku:ふー、失礼だよ。
 なにが、と食べ歩きながら問いかけた。
 saku:せっかくクラスの子が誘ってくれてるんだから、ちゃんと返事しないと。
「あー、ごめん」桜はやっぱり真面目だなあ。アイスに入っているチョコレートをかじる。そんな不真面目な姿に、横を歩く桜がぷんぷんと怒っているのが想像できる。
 saku:私に謝らないでよ。ふーはもっと、周りと仲良くしなきゃ。
「あんまりその気がないんだよな」
 saku:それでも最低限があるの。じゃないと、いつまで経っても友だちができないよ。
「うーん。そーすけ達がいるし、別にいいかなって」
 saku:そういう問題じゃないよ。ふーはほんとに、社会性がないなあ。いつか後悔するよ。
「はいはい。桜は心配性だな」
 saku:他人事みたいに言わないの、ばか。
 学校帰りにアイスを買い、桜と話をしながら歩く。まるで普通の光景だな、と少し冷えた頭で文也は思った。少々普通でないのは、そこに桜の姿がないことだけ。それでも桜は隣を歩いている。不思議だなと今更ながらに思いながら、溶け始めたアイスを食べきった。