「またな、フミ」駅で颯介は片手をあげる。「桜ちゃんも、元気でね」
 彼も思うことが山ほどあるのだろう。少し辛そうな表情で、それでもなんとか笑っている。颯介と桜も、互いに大切な友人同士なのだ。
 saku:颯介くん、助けてくれてありがとう。
 saku:これからも元気でいてね。
 文也が画面を見せると大きく頷き、「それじゃあ」と名残惜しそうに背を向けて去っていった。一度遠くで振り返るのに、文也は大きく右手を振った。
 颯介と別れ、夕刻の橘町を歩く。
 saku:もう、お別れだね。
 そうだな、と呟いた。胸が締め付けられてたまらない。二度も桜と別れなければならないのが辛くてしょうがない。
 saku:ありがとう。ムギくんが元気なのを見られてよかった。
 saku:颯介くんと薫子さんにも、もう一度お礼言っておいてね。
「わかった」
 ふとすれば泣いてしまいそうで、文也は懸命にそれを我慢する。もう声を出すのもやっとだ。息をするのさえ辛い。
 saku:じゃあね、ふー。元気でね。
 それを最後に、桜のメッセージは途絶えた。堪らずに「桜」と何度か呼んでみたが返事はない。消えてしまったのだろう。いくべきところに、いってしまったのだ。
 これでよかった。よかったんだ。
 何度も自分に言い聞かせ、それでも文也は少しだけ泣いた。

 最近はしょっちゅう桜とやり取りをしていたから、久々に静かな夜だった。夕飯を共にする母には、「ぼーっとしてるけど、夏バテ?」と聞かれるほどには心ここにあらずの状態だった。
 途方もない喪失感に襲われながら、静かな部屋で眠りについた文也は、やがて変わらない朝を迎える。ああ、そういえば、桜はもういないんだ。起き抜けから重い気持ちになる。これが当たり前だ、死んだ人間と意思疎通が図れていた日常の方が、特別だったのだ。言い聞かせながら少しぼんやりした後に、充電中のスマートフォンのライトが点滅しているのに気づいた。手に取ってスイッチを押す。「新着メッセージがあります」。
 saku:おはよう。
 変わらない言葉が、そこにあった。