二人の台詞よりも、飼い犬の様子を見て、老人は信用してくれたようだった。ムギが下に隠れていた縁側に座ることを許し、冷えた麦茶を出してくれた。
縁側で、ムギは貰ってきてから病気一つしていないという話を聞いた。大きく体調を崩すこともなく、この九年間元気に成長したそうだ。
「残り物には福があるというが、ムギは福だったんだろう」
重三は感慨深げに言う。その様子から、桜が拾った子犬は随分可愛がられて育ったのだと知る。その犬は今まさに、地面に伏せて舌を出し、軒先から蝉が飛んでいくのを見つめている。綺麗な瞳だ。
軽く世間話をしていると、「今は天方というのか……娘さんは、あまり良くないのか」と重三が切り出した。
「会う機会がなかったからよう知らんが、小さい頃から病弱だったそうだな。入院はもう長いのか」
「入院は……」咄嗟に様々な感情が混ぜこぜになるが、なんとか文也は台詞を続ける。「短くはないけど、きっと良くなります。外泊の時に、みんなで遊びに行ったし」
なあ、と颯介の方を見る。察した彼も頷いてくれた。
「そんならすぐに良くなる。大人になって身体が丈夫になれば、自然と病気も治るだろ」
嘘をついている罪悪感が、文也の心に突き刺さる。それを堪えてなんとか頷く。
「引っ越した後に聞いたんだが、天方さんのところも大変だったそうだからな。これからは良い方向に向かうはずだ」
伏せていたムギが立ち上がった。縁側に前足をかけ、文也の隣の空を見つめて尻尾を振る。重三は訝しげだが、文也と颯介は、そこに桜がいるのだと気が付く。ムギには見えているのかもしれない。きっと桜は頭を撫でているのだろう、だから嬉しそうに尾を揺らしている。
しばらくしてから最初に言った通り、ムギの写真を撮ると宗像家を後にすることにした。
「気いつけて帰れ」
門先の老人に一礼し、尾を振る犬に手を振って、文也と颯介は日中の日差しの中、駅に向かった。一時間に一本しか来ない電車を二人で待つ。
「いい所だな」
小さなホームの向こうに、ナスやキュウリが実る畑を見ながら颯介が感慨深げに言った。
「何もないし不便だぜ」
「夏休みだけでも過ごしてみたいよ」
「それぐらいがちょうどいいかもなー」
ベンチで話しながら、撮ったばかりのムギの写真を共有する。庭先で賢くお座りをしている一枚。欲しいと言ったから桜にも送信する。
saku:可愛かったね。私のこと覚えてたの、感動しちゃった!
文也の横に座る桜は、嬉しそうにはしゃいでいる。ムギを見つけることが出来てよかったと、文也は心の底から思う。ようやくやって来た電車に乗り、一息ついた。
「これで、桜ちゃんの心残りも解消できたかな」
隣に座る颯介の台詞に、文也はすぐに返事ができなかった。
心残りがなくなれば、桜は向こうにいってしまう。二度と連絡は出来なくなる。寂しくて仕方がない。
「……そうかもな」
だが、今の状態はきっと良いものじゃない。自分の寂しい気持ちだけで、桜をこの場に縛り付けるわけにはいかない。だから今日、こうして杉ヶ裏まで足を運んだのだ。
分かってはいるものの、文也はため息を堪えるほかなかった。
縁側で、ムギは貰ってきてから病気一つしていないという話を聞いた。大きく体調を崩すこともなく、この九年間元気に成長したそうだ。
「残り物には福があるというが、ムギは福だったんだろう」
重三は感慨深げに言う。その様子から、桜が拾った子犬は随分可愛がられて育ったのだと知る。その犬は今まさに、地面に伏せて舌を出し、軒先から蝉が飛んでいくのを見つめている。綺麗な瞳だ。
軽く世間話をしていると、「今は天方というのか……娘さんは、あまり良くないのか」と重三が切り出した。
「会う機会がなかったからよう知らんが、小さい頃から病弱だったそうだな。入院はもう長いのか」
「入院は……」咄嗟に様々な感情が混ぜこぜになるが、なんとか文也は台詞を続ける。「短くはないけど、きっと良くなります。外泊の時に、みんなで遊びに行ったし」
なあ、と颯介の方を見る。察した彼も頷いてくれた。
「そんならすぐに良くなる。大人になって身体が丈夫になれば、自然と病気も治るだろ」
嘘をついている罪悪感が、文也の心に突き刺さる。それを堪えてなんとか頷く。
「引っ越した後に聞いたんだが、天方さんのところも大変だったそうだからな。これからは良い方向に向かうはずだ」
伏せていたムギが立ち上がった。縁側に前足をかけ、文也の隣の空を見つめて尻尾を振る。重三は訝しげだが、文也と颯介は、そこに桜がいるのだと気が付く。ムギには見えているのかもしれない。きっと桜は頭を撫でているのだろう、だから嬉しそうに尾を揺らしている。
しばらくしてから最初に言った通り、ムギの写真を撮ると宗像家を後にすることにした。
「気いつけて帰れ」
門先の老人に一礼し、尾を振る犬に手を振って、文也と颯介は日中の日差しの中、駅に向かった。一時間に一本しか来ない電車を二人で待つ。
「いい所だな」
小さなホームの向こうに、ナスやキュウリが実る畑を見ながら颯介が感慨深げに言った。
「何もないし不便だぜ」
「夏休みだけでも過ごしてみたいよ」
「それぐらいがちょうどいいかもなー」
ベンチで話しながら、撮ったばかりのムギの写真を共有する。庭先で賢くお座りをしている一枚。欲しいと言ったから桜にも送信する。
saku:可愛かったね。私のこと覚えてたの、感動しちゃった!
文也の横に座る桜は、嬉しそうにはしゃいでいる。ムギを見つけることが出来てよかったと、文也は心の底から思う。ようやくやって来た電車に乗り、一息ついた。
「これで、桜ちゃんの心残りも解消できたかな」
隣に座る颯介の台詞に、文也はすぐに返事ができなかった。
心残りがなくなれば、桜は向こうにいってしまう。二度と連絡は出来なくなる。寂しくて仕方がない。
「……そうかもな」
だが、今の状態はきっと良いものじゃない。自分の寂しい気持ちだけで、桜をこの場に縛り付けるわけにはいかない。だから今日、こうして杉ヶ裏まで足を運んだのだ。
分かってはいるものの、文也はため息を堪えるほかなかった。